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 だけど、どこに打っても香が自玉の逃げ場所をふさいでしまう。馬に取られず、自玉の逃げ場所をふさがない、そんな打ち場所は……。やがて藤井が香を持ち、打ち下ろした先は、△9六香!

「下段の香に力あり」の逆をいく、意表の香打ちだ。「だから上から打つのか、すごいな……」と稲葉がうなり、加藤も「なんで上から打てるんだろう」と呆れたような声でつぶやく。

 先手をもてば当然の反応として、歩を打ちたくなる。歩が打てなくても詰みそう? いや、詰まないか? じゃあ桂を跳ねて移動合するしかないの? でもそのとき先手玉は詰まないの?

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まさかの逆転劇に控室では「マジかよ…」という声が

 究極の2択問題に検討の3人とも混乱している。やがて永瀬が9七に歩を置くのを見て、ずっと丁寧な口調だった稲葉が「マジかよ!」と叫ぶ。稲葉も加藤も私も顔が青ざめている。そして、藤井が先手玉に銀で詰めろをかけると、再び稲葉が「マジかよ……」と絞り出すような声で呟いた。

 永瀬は銀を打ち、金を打って王手を続ける。藤井は冷静な表情に戻り玉を逃げる。永瀬が頭をかきむしる。ちょうど1年前の同じ場所、王座戦第4局と同じだ。まさか、2年続けてこんなことがおきるとは。

 藤井玉が詰まないことを確認して、永瀬が頭をさげた。21時0分、156手で藤井が勝ち。

 投了してすぐに永瀬が「最後は桂跳ねでしたか?」と聞き、藤井が「桂跳ねだと思いました」と答えた。投了図では、後手の香が9四にいても9二にいても後手玉が詰む。△9一香の場合は、149手目の銀打ちに代えて▲7三金と、金から打って詰み。すなわち、9六が唯一の打ち場所だったとわかる。最後の場面だけ切り取って永瀬がミスをしたと綴るのはフェアではない。秒を読まれながら△7一桂・△7二金・△8二玉と数多くのトラップを仕掛け、その上で△9六香があってこその逆転劇だ。藤井の勝負術がすごすぎたのだ。

写真=勝又清和

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