世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。

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『そして夜は甦る』(原尞 著)

 十四年ぶりの新作『それまでの明日』の刊行を機に、原尞の長編第一作『そして夜は甦る』が、新書判で再刊された。一九五三年に江戸川乱歩も企画に加わって創刊され、ミステリ通の間で「ポケミス」の名で親しまれるハヤカワ・ミステリ版。創刊以来、海外ミステリの最先端を紹介してきた同叢書は千数百冊に及ぶが、国産長編ミステリが収められるのは、これが四冊目である。海外ミステリの粋を咀嚼して生み出された『そして夜は甦る』を今あらためて読むのに、ポケミスのクラシックな装幀はうってつけだ。

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 新宿に事務所を構える私立探偵・澤崎が、富豪の屋敷に招かれて失踪人探しを依頼されることで物語ははじまる。レイモンド・チャンドラーの第一長編『大いなる眠り』を思わせる導入部からして、様式美を踏まえている。

 失踪人はルポライターの佐伯。佐伯は富裕な妻との離婚を前に姿をくらましたという。澤崎が調査を開始すると、佐伯が直前まで取材していたと思われる都知事候補暗殺未遂事件の影が、行手に浮かび上がってくる……。

 真相を追って都市をさまよう探偵が次々に出会う人々と、彼らの語るそれぞれの人生。それを綴る皮肉で成熟した語り口。一九八八年の刊行から三十年経っても、読み心地は変わらず心地よい。

 しかし原尞は、ひねりの利いた犯罪小説を愛好する作家だから、そのプロットは一筋縄ではいかない。本書の真相も相当に複雑で、これを一編に編み上げる職人技には感嘆するばかりである。

 大人が静かに楽しむのにふさわしいミステリを、大人が持つにふさわしい装幀で読む。正統の愉悦である。

そして夜は甦る

原尞(著)

ハヤカワ・ポケット・ミステリ
2018年4月4日 発売

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