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編訳の名手が遺した、多彩な贈り物

『ジャック・リッチーのびっくりパレード』 (ジャック・リッチー 著/小鷹信光 編・訳)

2016/03/08
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 小鷹さんが亡くなったのは昨年12月8日だった。享年79。3月末に膵臓がんが見つかり、余命宣告を受けながら、抗がん剤治療を中止して、ぎりぎりまで自宅で普段どおり仕事を続けたという。その間、ハメットの未完の遺作を中心とする編訳書『チューリップ ダシール・ハメット中短篇集』を刊行、ハヤカワミステリマガジンでは、「小鷹信光ミステリマガジン」と題する3号連続の特集を企画編集した(その最終号にあたる2016年3月号が、小鷹信光追悼号となった)。

 やりたい仕事をやりつくした、もの書きにとって理想的な最期。こんなふうに死にたいと思った同業者は僕だけじゃないだろう。

 その“最後の仕事”のひとつが没後に出た本書。350作を超えるリッチーの全短篇を読破し、1953年発表のデビュー作から、未完の原稿に息子が結末をつけた未発表の遺作まで、本邦初訳のものばかり25篇を選び、年代別に配列。各年代の概説と巻末解説のほか、2篇はみずから翻訳している(他は松下祥子訳が12篇、高橋知子訳が11篇)。その片方は、著者の生前最後に発表された「リヒテンシュタインのゴルフ神童」。一度もコースに出たことがない留学生の天才ゴルファーをめぐる愉快な短篇で、大のゴルフ好きだった小鷹さんらしいチョイス。掉尾を飾る遺作「洞窟のインディアン」は“死出の旅”をテーマにした文学的な小品で、読後に深い余韻を残す。

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 小鷹さんと言えばハードボイルドの神様で、『探偵物語』の原案者としても有名だが、無類の異色短篇マニアでもある。実際、僕が初めてその名を意識したのは、奇想天外1974年8月号に載っていた詳細なブラッドベリ全短篇リストの作成者としてだった。その小鷹さんが最後にたどりついた作家がジャック・リッチー。ミステリあり普通小説ありSFあり、何が飛び出すかわからないビックリ箱のような本書は、まさに小鷹さんの真骨頂。編者の会心の笑みが目に浮かぶ。

Jack Ritchie/1922年アメリカ・ウィスコンシン州生まれ、83年没。2005年、日本独自編纂の『クライム・マシン』が話題に。小鷹氏編訳の『ジャック・リッチーのあの手この手』の他、『カーデュラ探偵社』など。

おおもりのぞみ/1961年高知県生まれ。書評家、翻訳家。責任編集のSFアンソロジー『NOVA』全10巻で日本SF大賞特別賞。

ジャック・リッチーのびっくりパレード (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ジャック リッチー(著),小鷹 信光(翻訳)

早川書房
2016年1月8日 発売

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