世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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永遠に終わらないジグソーパズルで遊び続ける。日影丈吉『内部の真実』はそんな感覚にとらわれる小説だ。
昭和十九年の台湾で日本軍人同士の決闘騒ぎが起きる。一方は銃弾を受けて死亡し、もう一方は意識を失った状態で発見された。当然、生き残った方が相手を殺害し気絶したふりをしたのだ、という結論になるはずだ。
しかし事件は不可解な様相を見せ始める。現場に残された二挺の拳銃から指紋が検出されず、射殺に使用されたと考えられる方の銃には弾が装填されていなかったのだ。一体だれが銃を撃ったのか。そもそも弾丸が発射された拳銃はどこにあるのか。捜査に当たった軍人たちは、現場に決闘者以外の第三者がいた可能性を考え始めるのだが。
推理をすればするほど、事件が複雑怪奇に変化する。これが本書の肝だ。事件を担当する大手大尉たちは論理的な思考に富んでおり、眼前にある謎に対して常に隙のない仮説を立てようとする。ところが完璧な推理を組み立てたと思っても、必ず説明のつかない謎が新たに生まれてしまうのだ。この繰り返しが物語に途方もない迷宮感をもたらしている。
本書は小高という軍曹が事件の記録を取る形で進行していく。一見すると小高の語りは写実的であり、鑑識への報告書や供述を挟んで綴られる文はときにドキュメンタリーのよう。だがこの語りが唐突に揺らぎ、読者を幻惑的な境地へと誘い始める時が来る。トリックや犯人当ての面白さだけでは到達することの出来ない、不安定で不確かな世界を見せることこそがミステリの神髄である、という日影の囁きが聞こえてくるようだ。