世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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寄らば大樹の陰と言う。大樹とは、征夷大将軍の異称でもある。宮本昌孝『剣豪将軍義輝』の主人公は室町幕府第十三代将軍・足利義輝だ。
応仁の乱後、幕府は弱体化の一途を辿り、下剋上の世が到来していた。弱冠十一歳で元服して将軍職に就いた義藤(のちの義輝)は、しかし初陣にて手痛い敗戦を蒙る。自ら佩刀(はいとう)の大般若長光を揮(ふる)って戦場を駆けたものの、彼の軍は弱かったのだ。強くならなければならぬ。そう覚悟した義藤は自らの剣を高めるべく、厳しい修業に励む。
戦国武将が覇を競い合う軍記小説の臨場感と、道を極めんとするものが技芸を通じて己れの内面と向き合う剣豪小説の精神とが、固く手を結び合った完璧な娯楽時代小説。それが『剣豪将軍義輝』だ。
強さを求める義輝の態度は凜々しく、胸を打たれるが、それは敵を惹きつけもする。彼の将軍首を取ろうとするのが三好長慶ら、逆賊の臣どもである。一方で、流浪の武芸者・熊鷹のように剣豪としての一個人・義輝をつけ狙い、打ち負かさんとする者もいる。闘争心の為せる業である。
こうした大小の敵の挑戦を正面から受け、正々堂々と跳ね返し、時には敗北を喫しながら泥土の中からまた強くなっていく。義輝のその姿には憧れざるをえない。
この真っ直ぐな青年将軍を大樹と慕う者たちが、彼の下に集ってくる物語でもある。強さだけではなく心で結びついた関係、人が誰かを信頼するというのはいかなることかを本書は描くのだ。
長大な作品ではあるが、義輝の生涯は夜空を瞬時に横切る流星のようであり、その軌跡を目で追ううち、あっという間に読み切ってしまうだろう。涙と眠気で目が霞む朝が、きっと待っている。(恋)