縁もゆかりもない6人の男の人生を、その父母、時に祖父母にまで遡りながら、大正末期から平成の終わり迄にかけて描く長編小説だ。
「大勢登場するけれど、名前を持つのは6人だけ。昭生(あきお)、豊生(とよお)、常生(つねお)、夢生(ゆめお)、凪生(なぎお)、凡生(なみお)。漢字には意味があります。昭和の時代に豊かになり、一億総中流が常になり、バブルが弾けて夢想するしかなくなって、災厄続いて時代が凪いで、相変わらず皆、凡夫(笑)」
最年長の昭生は62歳、10歳ずつ若くなり最年少の凡生は12歳。6人全員が戦後生まれだが、彼らよりずっと貧しい戦前戦中派の親達、祖父母達の方が充たされて立派に見えるのに驚く。
「昔の方が困難があったから頑張るんです。苦労した時代は初詣でも『家内安全』を唱えるので精一杯。高度成長をある程度達成しちゃってから、皆“もっと幸せになれますように”と願うようになりました」
戦前の農家に生まれ、子のいない伯父夫婦に貰われた豊生の父。「上の学校へも行かせてやる」と大事に育てられるが、国民学校高等科2年の時に養父が空襲で焼死。戦後は誰もが中学校に通えるようになり、彼の戦前の「学歴」は無効になった。しかし自棄になることもなく、豊生の父は夜間の簿記学校に通い、経理マンとして地道に働く。
一方、父の苦労を知らぬ豊生は、自由人を任じ企業への就職を拒否、アルバイトを続けるが40歳を過ぎ仕事が減って、52歳の現在、老母と2人暮らしでほぼ引き籠っている。32歳の夢生も引き籠るが、それは神戸連続児童殺傷事件、佐賀バスジャック事件の犯人と同世代で、自分も人を殺しかねないことに怯えたからだ。東日本大震災後のボランティアに行く凪生、両親の離婚で多大な迷惑を蒙る小学生の凡生ら、6人それぞれ事情を抱えながら今の時代を生きている。
読後、まざまざと浮かび上がるのは「平成日本」の姿だ。この凪の時代の困難を、凡夫たる我々はどう切り拓いていけばいいのか?
ヤマトタケルのミコトが剣で草を薙ぎ払い、火を点じ、敵を迎え撃つエピソードが終盤に挿入される。
「平家滅亡の時、壇ノ浦に沈んだとされるのが草薙の剣(天叢雲剣[あめのむらくものつるぎ])。タイトルには“剣を持たない男達”という意味もある。でも元々剣は、闘うためのものではなく魔除けだった。危機というものはどこにあるか分らない。一見役立たずでも、事態を打開できるかもしれない剣や火打石を、実は誰もが持っているんですよ」
『草薙の剣』
62歳、52歳、42歳、32歳、22歳、12歳。世代の違う6人の男とその家族、彼らの生きた昭和と平成の時代を描く。都会に出るが結局故郷に戻り両親を看取った男、一流企業に勤めるが、妻に去られ同僚の妻と不倫をする男 ―― 彼らは時代に流されることしか出来ないのか、それとも? 作家デビュー40周年記念作品。