深海生物オオグソクムシを日夜研究している偏屈な研究者と想像しながら、信州大学繊維学部の研究室を訪れた。想像と違い森山さんはさわやかな准教授だった。サラサラ長髪をなびかせ、日に焼けた肌が印象的である。
「南西諸島に生息するミナミコメツキガニについても研究しているので、夏は沖縄にいます」
どうりで海人の雰囲気を醸しだす人なのである。
深海生物ダイオウグソクムシを知る人は多いのではないだろうか。『攻殻機動隊』や『ガンダム』を連想させるフォルムが人気で、鳥羽水族館で約5年間エサを食べずに生き続けた個体が話題となった。メキシコ湾や大西洋で獲れ、体長50センチにも巨大化する。フォルムを表すグソクとはすなわち具足=鎧のことだ。森山さんが研究しているオオグソクムシは体長10センチほど。日本近海に生息する。
「この本は、『目をそむけたいけど、見たい、触れてみたい』と思うキモカワ生物=オオグソクムシを捕獲し、飼育し、観察し、あらゆる先行研究を網羅して、その秘密を解き明かしています」
本は、森山さんが駿河湾で漁船を調達し、オオグソクムシ探しをするところからはじまる。まるで冒険譚のようだ。船酔いにも強い。
「観察する僕とオオグソクムシは切っても切れない関係なので、僕が具体的にどう関わったのかを包み隠さず著しました。それによってマニアックになってしまった部分はあるかも(笑)」
駿河湾で調達したオオグソクムシ40匹を、研究室に持ち帰り、飼育し、文字通り解剖する。彼らは何を食べているのか、生殖器はどこにあるのか。さらに過去の文献も徹底調査。1800万年前の化石も調べる。そして森山さんら研究チームは、ついにオオグソクムシにサーカディアンリズム(生物時計)があるのではないかと仮説を立てる。
「オオグソクムシは学術的にはマイナーな生き物なので、興味を持ってくれるように工夫しました」
近年、深海生物への人気が高まっているが……。
「NHKスペシャルでも紹介された調査船『しんかい6500』を知っていますか? 本当はあれに乗ってオオグソクムシの生態を見てみたい。でも乗車賃が高いので難しいのです。深海は宇宙と同じように人を惹き付けます。地下の硫化ガスを吸って生きている生物もいる。我々がまだ知らないエネルギー代謝が可能な生物がいるかもしれないのです」
『オオグソクムシの本』
オオグソクムシとは、日本の海を含む北太平洋の水深150~1000メートルの範囲に生息する甲殻類の動物。シャコに似た見た目で、体長は10センチ強。頑丈そうな足が何本もあり、サングラスを思わせる黒く大きな目をもつ。何を食べているのか、どう繁殖するのか、どこに心臓があるのか。謎に包まれた深海生物のすべて。