著者の6年にわたる台湾への思いが結実した、傑作小説の誕生だ。
「2011年、仙台で東日本大震災に被災しました。その後、台湾の方々が200億円もの義援金を送ってくれたニュースに触れたことをきっかけに、台湾への関心が高まったんです」
日台には国交がないため、国として正式な御礼もできない。「義憤に駆られて」、民間交流のための社団法人を知人と立ち上げ、翌12年から年に5、6回、6年間で計40数回台湾を訪れて人々と交流、歴史や文化を深く知る旅を続けた。
「歴史資料本『ビジュアル年表 台湾統治五十年』(16年)を作るにあたり国立台湾歴史博物館の方々と縁ができ、博物館のある台南に行く機会が増えました。そしてある時、台南市内で運命的な出会いをしたんです」
日本統治時代に建てられた日本家屋から台湾人のおばあさんが飛び出してきて、乃南さんにむかって泣き叫んだというのだ。通訳によると、「もし今ここに小説家が現れたら、私の物語を書いて欲しい」と言っていたのだという。
「それを聞いて鳥肌が立ちました。そして後日、落ち着いて話を伺い、彼女の口から、重く複雑で壮絶な人生の物語を聞いたんです」
乃南さんは震災以降、漠然と「どこかで誰かと繋がっている不思議さ」について思いを馳せてきた。また同時に、この頃同年代からよく聞くようになった親子の確執や、家や家庭の問題に関心を持ってきた。
「日本人と台湾人は、生活習慣も感性も、似ているようで全然似ていない。でも彼女の話を聞いて、同じように家と家、結婚、暴力といった問題で悩んでいるんだ、私たちは通じるところもあるんだと思ったんです」
本作品は、声高に日台の歴史を語るものではない。主人公の未來(みらい)は台湾のことをほとんど知らず、ただ祖母の住んでいた家を探すために台南までやってきた。祖母の目となり耳となって旅する彼女を通じて、読者もまた、ごく自然に台湾の文化や、過去や現在を知る。そして台湾に住んでいるのもやはり、“人”であることを知るのだ。
「未來の旅はたったの7日間。後から振り返れば夢幻のようで、人生も街も歴史も、すべては結局、過去になっていく。でも一瞬の出会いが、人生を大きく左右することもあるはずです」
タイトルにもなっている「六月の雪」。台南にあるその美しい風景に出会ったのち、未來はどんな新しい人生を歩み始めるのだろうか。
『六月の雪』
派遣で働く杉山未來は、声優の夢破れた32歳。認知症の症状が出始めた祖母を元気づけるため、祖母が少女時代を過ごした台南に旅立つ。通訳の李怡華や供春霞、歴史教師の林先生らに案内され、壮絶な過去を語る女性・劉慧雯や日本統治時代に生まれた陳阿宏らと出会う。未來が旅の末に見つけた大事なものとは?