小川洋子さんが襲われた、猛烈な後悔
彼らの秘密を探りたいなら、方法は一つ、絵本を読んであげる、これしかないでしょう。私は今、猛烈な後悔に襲われています。息子が小さかった時、どうしてもっとその時間をじっくり楽しまなかったのか。大事な秘密を共有できる絶好の機会だったのに、早く寝てくれないと、原稿が間に合わないなあ……という、つまらない焦りにとらわれていました。自分の原稿など放り出してお話の国を一緒に冒険すべきでした。息子の息遣いに耳を澄ましていれば、道順のヒントをかぎ取ることができたかもしれません。
ただし一方で、子どもが持つ慎重さについても中川さんは指摘しておられます。すべての本に彼らが満足するわけではなく、また、それを受け入れるには、一人一人異なった過程があります。
“新しい本には、ためつすがめつの時間も必要です”
私はこの、ためつすがめつ、という言葉が気に入りました。表紙を開き、絵を見やり、一度顔を上げて宙に視線を泳がせる、子どもの横顔が想像できます。迷いとためらいが、利発そうな影を作り出しています。そこでは、時間がその子だけの流れ方をしています。誰も邪魔できない特別な時間です。
だからこそ子どもが手に取る本は、本物でなければいけません。大人が勝手に要約したり、単純化したり、派手な見た目で誤魔化そうとしたものは、結局、見捨てられるでしょう。子どもたちは皆、賢いのですから。
“……正しい日本語がいちばんよく通じるということです。なぜなら、子ども自身が正しく話そうとしているからです”
正しい言葉によって組み立てられた舟でしか、言葉の届かない場所へ漕ぎつくことはできないのかもしれません。
中川さんは絵本を読みながら、子ども一人一人を見ていた
長年、保育園にお勤めされた経験を持つ中川さんは、“絵本を読みながら子どもひとりひとりをしみじみと眺め、心の底から、ああ、何て良い子だろう、可愛いんだろう”と感じ入ったそうです。ここを読むと、遠い昔に去ってしまった自分の子ども時代も、後悔ばかりの母親としての経験も、全部が許されたような気持になります。例外なくかつては子どもだった読者の方々も、やはり中川さんの許しに包まれることになります。それどころか、全世界の子どもたちが皆、愛されているのです。
“子どもがいなくなったら地球はおしまいです”
これほどの真実をついた言葉を、私は他に知りません。