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「乗馬クラブや牧場を訪ね、100頭を超える馬に出会いましたが、馬の懸命さ、純粋さには確かに惚れました。一方で、馬が動かないときは、動くまで待つしかない。即レスが当たり前の僕らは、もう待てなくなっている。でも本来のコミュニケーションは、自分の思い通りにはいかず、相手がいつも同じ方向を向いてるなんてありえない。そんな当たり前のことに気づかされました」

 作品全体に通奏低音のように流れる〈ドゥダッダ、ドゥダッダ〉のリズムも、川村さん自身が感じた馬の律動だという。

川村元気さん

「走る馬を見ると“パカラ、パカラ”という乾いた音ですが、実際に乗ると、体重500キロの巨体が動くずっしりと重い音が響き、それが自分の拍動とシンクロして、人馬一体という感覚が生み出されてゆく。馬の嘶(いなな)きは金管楽器のようですし、音楽のセッションのような心地よさすら感じました」

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 調教師の麦倉は言う、〈笑ってご機嫌取るのは人間だけだ〉、媚びるな、〈息を合わせろ。お互い動物だ〉。

「馬とのコミュニケーションはフィジカルなものです。彼らは噛んだり蹴ったり、人を振り落として意思表示をする。乗馬クラブの方は、馬とのコミュニケーションは、むしろそこから始まるとみな口を揃えます。野生的で、原始的で……」

 馬を知るほどに、人間と動物の関係性というより、動物としての人間のありようを描くことになった。翻って、いかに私たちが歪な社会を生きているかも。

「人は言葉に頼りきっていると実感を得たので、優子は他人との接触を拒み、ほとんど喋らない人物として描きました。頷きや愛想笑いがあれば周りが勝手に汲み取ってくれます。いまは、口を開けば嘲笑や批判の対象になりますから、沈黙こそが正解かもしれない。でも、言葉のないコミュニケーションに偏る人間は幸せなのか。ラストシーンには僕なりの答えを込めました」

 言葉に絶望するか、希望を見出すか。「僕は現代の幸福論を書きたい」。稀代のストーリーテラーは微笑んだ。

かわむらげんき/1979年、神奈川県生まれ。映画プロデューサーとして『告白』『悪人』『モテキ』『君の名は。』『怪物』『きみの色』『ふれる。』などを製作。2011年、史上最年少で「藤本賞」を受賞。12年に発表した初小説『世界から猫が消えたなら』がベストセラーに。著書に小説『億男』『4月になれば彼女は』『神曲』『百花』など。