【読者からの質問】古川作品のグルーヴ感は鼻炎や喘息から生まれた?

◆最近は古典作品なども手がけておいでですが、古川さんの次の関心は、何でしょうか。そして、その関心を得る切っ掛け、トリガーのようなものは何なのでしょうか。(30代・女性)

古川 関心は京都です。『MUSIC』でも現代の京都を書きましたが、古典をやってから京都がまた違うふうに見え始めているんです。だからといって京都の小説を近々1冊書くということはたぶんないだろうけど。あと、『LOVE』や『MUSIC』を書いた時よりも、東京が面白くなくなってきていると感じるんですよね。オリンピック前のためどこへ行っても同じような、やたらベタな感じになっているので、オリンピックが終わった後の東京には逆にものすごく興味が湧いています。

◆古川さんの小説はいつもグルーヴに溢れていると感じているのですが、文章におけるグルーヴ感はどこから生まれるのでしょうか?(30代・男性)

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古川 それは呼吸でしょう。僕は昔から鼻炎があって、息が苦しかったりしたんです。子どもの時は小児喘息で、大人になってからもアレルギー性の喘息を得て。やっぱり息ができなくなるという体験を何度もしていると、生きてることって呼吸していることなんだなと、折々認識するんです。それが自分の文体と関係していると思う。つまりはその幼児期由来の病弱さから出ているのかもしれない。

◆ラカグ、B&Bでのトークイヴェントにうかがって質問がたまりましたが、2点にまとめました。 ひとつ、平家物語の現代語訳を進めながら『ミライミライ』を執筆されたとうかがいましたが、平家物語の敗走する悲しみが『ミライミライ』に影響を与えたかどうかをうかがいたいです(ちなみに巻10が好きです)。 ふたつ、古川さんの視点の設定、ものの考え方をうかがうと「外縁に立つ作家」という姿に見えるのですが、ご自身では意識的になさっていることでしょうか。(40代・女性)

古川 『平家物語』は完全に影響を与えましたね。だから北海道でゲリラ組織を作るいづる大佐という人物は、基本的に敗走しているんです。それから、編集者から戦争シーンの用語が古文調というか、古臭いと言われました(笑)。「それって平家の影響だから残してください」って伝えました。如実に文章そのものに出ていますね。

古川日出男さん(左)©山元茂樹/文藝春秋

 ふたつめですが、意識はしてます。自分が立っている場所というのは、おおかたの人からしたらやっぱり辺境。ギリギリ境界に乗っかったままでいるか、境界からちょっと外に出ちゃっているようなところにいるのは分かっています。とはいえ外縁にいると結構ちゃんと内側が見えるという効用はあるので、それを書いていこうと思っています。あと最近海外で活動するようになって以来ですが、日本の外縁って国外の世界との橋渡しになるポジションそのものじゃないか、とも認識して。だから今はけっこう自覚して、確かに外縁にいます。

◆うかがいたいことが沢山あるので、出されている版元経由でお手紙を出して差し支えないでしょうか。むずかしければ、うっちゃってくださいますよう。よろしくご検討いただければ幸いです。(40代・女性)

古川 手紙はいいですけれど、返事しないと思いますよ。小説を書いている期間に人からの質問を文字の形で見ると、ちゃんと答えを考えようとして小説の文体や宇宙から離れちゃうんです。だから執筆と関わっている時は危険です。トークイベントで質問してくれるのが一番いいですよね、答えられるし、みんなで共有できるから。

世界中で翻訳される古川作品は「いろんな人が勝手に訳してくれる」

◆いつも楽しく作品を拝読しています。『聖家族』『冬眠する熊に添い寝してごらん』(14年新潮社刊)など「兄弟+女性」が登場する物語を描く際、「弟」にはご自身を重ねて執筆されているのでしょうか? また『冬眠~』の本読み稽古では、古川さんご自身が本読みをされたと耳にしました。やはり演者には古川さんがイメージされているリズムで台詞まわしや芝居をして欲しいと思われるのでしょうか? (40代・女性)

古川 ふたつめの質問に先に答えると、あれは蜷川組のある種の慣例として、台本作者が最初の稽古の時にそれを通して読むというのがあるらしくって。なので、やらなくちゃいけないからやっただけで、役者さんにこうしてほしいなどとは全然思っていなかったです。

 ひとつめの質問に関しては、そうだな、完全に重ねていますね。だいたい弟は書きやすいところがありますね。弟が一番チャラチャラしたキャラになる。それはたぶん、重ねているから、こいつはチャラチャラさせておけと愛しつつ、軽んじつつ(笑)思っている気がします。でも兄のようなものにも重ねるし、デビューの頃からなぜか女性の一人称で書いたりしているので、女性にも避けがたく重ねているという部分はありますよ。

冬眠する熊に添い寝してごらん

古川 日出男(著)

新潮社
2014年1月22日 発売

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◆今、「群像」で書かれている『おおきな森』の中にはボルヘスたちラテンアメリカの作家や坂口安吾が出てきますが、古川さんが影響を受けている作家の中上健次は出てくるのでしょうか?(30代・男性)

古川 ごめんなさい、出ないと思います。

◆イタリアで翻訳された『サウンドトラック』が出版されましたが、次に決まっている翻訳される小説はありますか?(30代・男性)

古川 出版が決まっているものはないですけれど、『女たち三百人の裏切りの書』の英訳が始まりますね。いろんな人がね、勝手に訳してくれるんですよ(笑)。『gift』ももうロシア語の完訳原稿とかあるんです。海外の翻訳については、エージェンシーがブックフェアなどで版権を売る交渉をしてくれるのとは別に、自分の仲間というか、理解者が動いてくれるという、ふたつのルートがあります。『女たち~』の翻訳をやりたいと言ってくれた人は、「難しいからやりたい」と申し出てくれて。「これを訳し終わったら自分は今とは別人になっている気がする」と言うので「じゃあやってください」とお願いしました。このあたりは交通整理しないと、ひとつの小説をいろんな人が訳していたりすると大変なので、一応気を使いながら振り分けています。

◆その眼鏡はどこでお求めですか。(50代・男性)

古川 「TAKANORI YUGE(タカノリユゲ)」のブランドの眼鏡を買うことが多いです。ロックバンド・くるりの岸田繁さんが、昔、ここの眼鏡のレポートをしていて、そのことにも意を強くしてます。

古川日出男さん ©山元茂樹/文藝春秋

古川日出男(ふるかわ・ひでお)
 

1966年福島県郡山市生れ。1998年に『13』で小説家デビュー。2001年、『アラビアの夜の種族』で日本推理作家協会賞、日本SF大賞をダブル受賞。2006年『LOVE』で三島由紀夫賞を受賞する。2008年にはメガノベル『聖家族』を刊行。2015年『女たち三百人の裏切りの書』で野間文芸新人賞、2016年には読売文学賞を受賞した。文学の音声化にも取り組み、朗読劇「銀河鉄道の夜」で脚本・演出を務める。著作はアメリカ、フランスなど各国で翻訳され、現代日本を担う書き手として、世界が熱い視線を注いでいる。他の作品に『ベルカ、吠えないのか?』『馬たちよ、それでも光は無垢で』『MUSIC』『ドッグマザー』『南無ロックンロール二十一部経』など。