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「お前は右か左か」と聞かれたときに、上とか下とか全然違うことを言えないと作家じゃない――「作家と90分」古川日出男(後篇)

2018/05/26

genre : エンタメ, 読書

note

犬や猫の眼差しと、鳥の眼差し

――『ミライミライ』でもインドやインドの宗教のことなどいろいろ盛り込まれていますが、今後は古川さんの作品世界が、地球を這うように広がっていくのかも。

古川 そうだと思う。地を這うような、犬や猫のような地面に近い目で見た眼差しがどこまで広がっていくんだろうなって考えるし、それから同時に、鳥の眼差しも重要だと今感じてて。犬や猫のように地面に手足をつけている視線と、翼を使った状態で完全に上から見ている視線、両方が噛み合って、その上で2本足で立っている人間たちの話を書けていければいいなっていう。言ってみれば、当たり前のことをここでやっと目標として持てるようになってきたのかなと。

瀧井朝世さん ©山元茂樹/文藝春秋

――越境したりボーダレスになっていく時、「伝統」っていうものってどうなのかなと思うんです。伝統というと守らなくてはいけないものと思ってしまいますが、互いの融合を目指す時に大きな壁になりますよね。

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古川 坂口安吾が面白いことを書いていて。日本の美しい、伝統的な建物とか着物とか食事とかを今の日本人は忘れてると嘆く外国人を批判する言葉なんだけれども。和服着てなくて洋服で超カッコ悪い感じでネクタイ締めて背広着てても、結局は私たちは日本人なんだと。なにもしなくても日本人なんだから、日本のことは別に分かっている、忘れずにいるって。それって本当に鋭く真理をついているなと思う。新しいムーブメントが起きたら、それを自然に融合させて自分に合わせればいいじゃないですか。そうすると時代が変わっても、日本人や日本文化を背負ったままでいられる。だってこれだけグローバルになって、デバイスがどんどん増えてきた時に、「日本の伝統を真剣に守れ」と言われても、なら鎖国にしてネット全部遮断とかやらないと守れるわけない。もちろんそんなことはしなくてよくて、伝統を保ちながら自然に、ほんと自然に変わればいい。オリンピックの時だけ日本人全員着物着たら気持ち悪いじゃないですか。そうじゃないような方法に持っていけばいい気がします。

署名とか発言をしないことが政治的だ、ということに気づいた

――なるほど。あとおうかがいしたいのが、『ミライミライ』でも『あるいは修羅の十億年』(16年刊/集英社)でも今世界で起きているさまざまな事柄への問題意識を感じますが、社会的、政治的なことを書こうという意識はありますか。

あるいは修羅の十億年

古川 日出男(著)

集英社
2016年3月4日 発売

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古川 署名とか発言をしないことが政治的だ、ということに気づいたというか。反対署名みたいなことですけど。なんか、政治性ってたいてい「お前はどっちの意見につくんだ」って話なんですよ。「右なのか左なのか、どうなんだ」とか。その時に右とか左とかじゃなくて、上とか下とか、全然違うことを言えないと小説家じゃないなと最近は思ってるんですよ。

 みんな解答を求めすぎだと思うんです。ある問題が生じると「さあ、お前はどっちの味方なんだ」っていう。でも、「その問題の立て方間違ってない? ちょっと1ミリ軸をずらしてさ、もう一回問いを作りたいんだけど」とかっていうのが小説家とか、1作1作の小説の役割になったら面白いような気がする。『ミライミライ』も、2015年のISの日本人人質問題をずらしてみたらああなった。何か問題があって解答を求めて苦しむシチュエーションで、問題そのものから辺境にいっていいんだと示しうるのが小説家。

 僕は何の力も持たないし、大きな意見を言っても取り上げられないような立場の表現者だけれど、問題の設定自体をスライドして動かしちゃうような力を持つ人間になれればとは思う。そういう意味で小説家、広く芸術家は政治的なんじゃないかという気がします。

――今後の作品が楽しみです。メガノベルはもちろんですが、『gift』や『非常出口の音楽』(17年河出書房新社刊)のような掌篇集もまたお願いします。今は長篇の執筆中ですよね。「群像」に、「森」の下に木が3つ並んだ一文字で「おおきなもり」と読ませるタイトルの作品が連載中で。ラテンアメリカの文豪と日本の文士が出てきますよね。これの「M」は何だったんですか。

非常出口の音楽

古川 日出男(著)

河出書房新社
2017年7月25日 発売

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古川 突然森に覆われた星があって、そこが孤児たちの惑星だと見通せた、みたいな発想でした。発想というか瞬間というか。その時、アメリカにいたんです。合衆国に滞在してて。もう「群像」の2018年新年号から何か書くことに決まっていたんですが、でも自然に発想が出るのを待とうと思って、何も考えないようにしていたんですね。そしたら大きな森が浮かんで、タイトルも浮かんで。木が6つある大きな森という漢字を自分で作っちゃって「え? これをやるのか」って。

 さきほども名前を挙げた坂口安吾も気になっていてどこかで関わってくるかなとは思っていたんだけれど、着想から少し経った時に、主人公の名前が坂口安吾だって分かって。分かって、っていうのもおかしいですよね(笑)。もっともっと思索を深めていったら、どうもガルシア=マルケスも出てくるらしいと分かって。「それどうすんの?」とは思うんだけど、浮かんだ以上はやるしかないわけです。今もう550枚ほどは書きましたが、まだまだ連載は続きます。物語にとことん長くちゃんと付き合いたいんです。もちろん『アラビアの夜の種族』の時みたいな書き方はもう避けたいけど、それでも、いろんな活動しながら大きな作品を書き続けられればいいなと思っています。

――それは楽しみです。いろんな活動とのことですが、20周年としていろいろ企画もあるのでは。

古川 20周年記念サイトを期間限定で開設していますよ(http://furukawahideo.com/)。それに、三田村真さんセレクトによる自選集というのも作ります。自分の過去の長篇の抜粋や短篇や単行本未収録作品を集めて、1冊で20年分の古川日出男の全体像がつかめるという本を、秋くらいに出す予定です。晩秋ですね。

――ん? 三田村真さんって、『ミライミライ』のマコトですよね? 意味が分かりませんが?(笑)

古川 ふふふ。意味が分かりませんよね(笑)。