高齢化社会が加速し続ける中、一人一人の「介護」との向き合い方が切実に問われる時代になっています。意外と気づかずに多くの人がぶつかってしまう壁は、介護が必要になった親の資産管理問題。

 介護者と要介護者が適切な距離感を維持する「つかず離れず介護」を提唱するノンフィクションライター・古田雄介さんの場合は、自身の母親が介護老人保健施設に入居する際にその問題に直面したそうです。(全2回の2回目/最初から読む

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 親の施設入所などの手続きを行うとき、本人の銀行口座の出金や自動引き落としの登録を代行しなければならない場合がある。その際は銀行印やカードの暗証番号が必要になることもある。本人がそれらの情報を伝えないままでいると、世話する側はとても苦労する。筆者の場合は、実際に母の介護で遭遇した「個人情報わからない」問題をどう解決したのか。その体験を紹介する。

老健に入る際の意外な落とし穴

 2024年1月、母が自宅で衰弱して動けなくなっているとヘルパーさんから連絡を受けた。入院先の病院では脱水症状と筋肉の衰えによるものと診断され、退院後は自宅に戻らず、介護老人保健施設(老健)に入所してリハビリに励むことになった。

 2ヶ月後には受け入れてくれる老健が横浜市で見つかり、介護タクシーに乗って車椅子のまま病院から直行。「まさかこんなことになるとは」を繰り返す母の心の中以外はいたってスムーズに事が進んだ。

 老健に入所する期間は長くて3ヶ月が目安とも言われるが、施設によっては1年以上滞在するケースも珍しくない。実際、母もその老健で半年以上お世話になっている。

 しかし、入所にあたっては意外で大きな壁が一枚立ちはだかった。その老健に入所するには自動引き落としする銀行口座を登録する必要があり、登録のための書類には口座情報欄とともに登録印を押す欄があったのだ。

 母の入院後、母に関わる出費はすべて母の部屋にあった現金でまかなっていた。筆者や姉が独断で立て替えたりするのは後々の面倒を生みそうだから避けようと事前に話し合ってそう決めた(姉の助言により、後日お金を預かる覚え書きを母ときょうだい間で取り交わしている)。だから老健の費用も当然、指定するのは母の口座だ。

 母の了承のもと、母の部屋で預金通帳などを探すと、本人名義の通帳4つと筆者と姉名義の通帳2つ、それに三文判以外の印鑑8本が見つかった。

写真はイメージ ©︎ beauty_box/イメージマート

 母は出不精なりにこまめに通帳に記帳していたので、どの口座がどんな役割で使われているのかを把握するのは簡単だった。だから老健の費用は年金が振り込まれているメインバンクのものを使えばいいとすぐに判断したが、登録した印鑑がどれなのかさっぱり分からない。母に尋ねても「いろいろありすぎて覚えていない」という。

 仕方がないので、母宅にあった印鑑で一番使っていそうな印鑑を押した。蛇皮っぽいちょっとリッチなケースに入っていたし、印鑑の先端が朱肉で染まっていて年季も感じたから、おそらくこれだろうと思った。けれど、入所してしばらく経った頃に銀行から書類不備ということではねられたとの報せが入り、出し直す必要に迫られてしまった。