「DIG」とは、独立プロ制作の旧作邦画を中心にソフト化するDVDレーベルだ。なかなかソフト化の機会に恵まれず埋もれていた作品をその名の通り「掘り」起こしているため本連載からすると助かる存在で、同レーベルから既に『全身小説家』『十九歳の地図』『彼女と彼』『ふるさと』の四本を取り上げている。
そして今回取り上げる『文学賞殺人事件 大いなる助走』も、DIGレーベルからつい先日DVDが発売されたばかりの作品だ。実はちょうど本連載で取り上げたいタイミングだったので、ありがたい。
大企業に勤める主人公・市谷(佐藤浩市)は、ひょんなことで小説の同人誌活動に参加するようになる。市谷は自社の内情を暴露した小説を執筆、そのために会社をクビになった上に親からも勘当されてしまう。が、小説は評判を呼び、文壇の権威ともいえる「直本賞」の候補作になった。
物語は、出版界の魑魅魍魎たちを相手になんとかして賞を取ろうとする市谷の悪戦苦闘ぶりを軸に描かれていく。――といっても、本作の原作は筒井康隆で監督は鈴木則文というアナーキー極まりない組み合わせ。尋常ではない世界が展開されることになる。
業界の内情を知り尽くす怪しげなコンサルタント(ポール牧)の指示の下、市谷は選考委員たちへのロビー活動を展開する。男色の作家(梅津栄)、女好きの作家(由利徹)、アル中の評論家(汐路章)、金に目がない作家(小松方正)――。一筋縄でいかない面々を相手に、市谷は金と女、そして自らの体をも差し出していく。全ては、賞のため。ベテラン役者たちの放つクセの強さと、彼らに挑む若き佐藤のギラつきとのコントラストにより、市谷が入り込んでしまった文学界の底なし沼のようなヌメり気が生々しく迫る。
だからこそ、「文学をなんだと思ってるんだ!」「チクショーー! みんな裏切りやがった!」――理不尽な理由で選考を落とされ血反吐を吐き出すばかりの雄叫びが心を打ち、その挙句の「選考委員皆殺し」という突飛な行動に説得力を与えることになった。
当然、本作はフィクションだ。描かれる世界も、カリカチュアライズされたもの。そう分かっていながらも、雨の中で嗚咽するしかない市谷の姿は他人事に思えなかった。
彼が引きずり込まれた泥沼は、形は違えど今も確実に存在し、筆者もそこで生きているからだ。「物書きの覚悟というのは地獄へ落ちること」同人誌編集長(蟹江敬三)の言葉が重くのしかかってくる。
同時に、市谷のような純粋さを捨てることなく、醜い沼に取り込まれないようにせねば。そう改めて心に誓った。