アナログを突きつめてきた日本
鈴木 なるほど。先ほど挙げたレヴィ=ストロースは、南アメリカの先住民の研究を通して、「人類は進歩する」という概念は、西洋人が一時期、提唱した一過性のものに過ぎないと述べています。「進化」とはヨーロッパという狭い土地の中で人間が生きていくための方法論であって、それは今後も支配的な概念でありつづけるのか、今後、それが問われていくのではないでしょうか。
いま、テクノロジーの発達にともない、それに合わせて、みんなが「進化」を強いられて苦しい思いをしている。となると、アジアや南アメリカ、そしてアフリカの思考様式が、世界で注目されるようになるかもしれません。
大泉 そうですね。日本が得意な「造り込み」が注目される可能性はあると思います。「ガラパゴス」と否定的に見られることもありますが、これまで日本はアナログ的な手法を磨き上げてきました。いま「IoT(モノのインターネット化)」がもてはやされていますが、トヨタはアナログ時代にカンバン方式で、それを実現してしまったのです。
ジブリも同じではないですか。いまアメリカなどではデジタルで作り出すような色も、アナログ方式で作っていた。
鈴木 そうですね。アナログを単純にデジタル化しても、うまくいかないでしょう。
大泉 おっしゃる通りで、何をデジタルに代えて、何をアナログで残すのか。そのラインはどこにあるのか。置き換える場合も順路をどうするのか。そこを検討・把握しておく必要があると思います。
デジタル世代とは戦わず、仲良くすればいい
鈴木 そこは私も常に意識しているところです。
ジブリではデジタルを否定しているわけではありません。以前からデジタル技術を導入してきました。近年はハードウェアも進化して、アナログで作り込んできたことを、デジタルでも随分できるようになりました。
じつは現在、CGアニメを1本、製作していますが、スタッフがとても良い。だから続けて、もう1本、作ろうという話になっています。いまの20代のCGアニメーターは優秀ですよ。
大泉 若い世代と言葉が通じないな、と感じることはありませんか。
鈴木 それはないですね。製作現場でも、いちばんフランクなのは20代の若者たちですよ。デジタルでもアナログでも、力のあるヤツは違うな、という印象です。
大泉 では、デジタル世代と戦う、という意識は……。
鈴木 仲良くすればいいのです。若い優秀な連中はアナログとデジタルを分けません。
昨年、私の書を集めた『人生は単なる空騒ぎ-言葉の魔法-』(角川書店)という書籍を出したのですが、デジタル班の若いスタッフたちが、その本を買ってくれたんですよ。
どこを評価してくれたのか詳しくは聞きませんでしたが、「鈴木さんのこの本はデジタルをやる人間の参考になる」と、仲間内で言い合っていたらしい。これには驚きました。
大泉 そうですか。デジタル世代のほうが、書道などのアナログの真価を理解できるのかもしれませんね。
デジタル世代は毎年、世界で約1億人ふえていきますから、近い将来、臨界点に達して、ガラッと社会が変化するかもしれません。
そのとき何が変化して、何が変化しないのかを見極める。そこで残っているものが物事の本質だといえるでしょう。その本質を把握して造り込んでいくこと。これが日本の取るべき道なのかもしれません。
第1回
http://bunshun.jp/articles/-/7506
第2回
http://bunshun.jp/articles/-/7511
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すずき・としお
1948(昭和23)年、愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。徳間書店に入社、「アニメージュ」編集長などを経て、スタジオジブリに移籍、映画プロデューサーとなる。スタジオジブリ代表取締役プロデューサー。著書に『映画道楽』『仕事道楽 スタジオジブリの現場』『風に吹かれて』など。
おおいずみ・けいいちろう
1963年(昭和38年)、大阪府生まれ。1988年 京都大学大学院農学研究科修士課程を修了。2012年、京都大学博士(地域研究)。現在は日本総合研究所調査部の上席主任研究員として、アジアの人口変化と経済発展、アジアの都市化と経済社会問題、アジアの経済統合・イノベーションなどの調査・研究に取り組む。アジア全体の高齢化をいち早く指摘した『老いてゆくアジア』(中公新書)は大きな注目を集めた。著書は他にアジアの巨大都市に着目した『消費するアジア』(中公新書)などがある。東京大学大学院経済学研究科非常勤講師(アジア経済論)も務める。