「あかん! デカや」紀子とデート中に警察と遭遇
次の日の夕方6時。紀子と待ち合わせた時刻だ。場所は馴染みの喫茶店、トリオ。
学校が引けて、トリオに向かう。紀子と会うのが楽しみなあまり、約束の10分前には店の周りをウロウロしていた。
〈もう時間やな〉
腕時計の針を確認したのは、何度目かわからない。ようやくトリオの扉を開ける。席に着くと、程なくして紀子が入ってきた。彼女が彼の前に座るか座らないかというその時のことだ。
許の連れが、店に飛び込んできた。尋常ではない勢いである。
「あかん! デカや」
そう叫んだ。警察が来た。
「おい、どうすんねん」
許も叫んでいた。例のヤマの件に違いない。知人であるトリオの店長を呼ぶ。
「デカが、追ってくるらしい」
とにかく、2階に上げてもらった。
紀子の胸元に顔を埋めるように隠した
2階は、同伴喫茶や。ベンチ式の席が並んでいる。まばらだが、客が入っていた。適当な席を選んで、階下を見下ろした。曽根崎警察の私服とおまわりが前と後ろを固めて店内に入ってきたではないか。
1階の入口近くにいる客から順に、声をかけている。許は、隣の紀子にささやいた。
「おまわり、上がって来よるで。しゃあない。バタバタできへん」
参った。紀子とはまだ手も握っていない。何しろ2回目のデートだ。
デカが、いよいよ階段を上がってきた。ベンチを順番に当たっていく。
許は、すかさず紀子の胸元に顔を埋めるように隠した。無理やりの行動。条件反射のようなものだ。
〈このアベックの艶っぽい状況で「ちょっと顔を見せてくれませんか」とはデカもよう言わんやろう〉
緊急時だったが、彼なりの読みがあった。デカは許たち不良があたりにたむろしていると睨んでいる。まるで東映か日活のアクション映画の世界。まさか、そのリーダー格が逢引の途中だとは夢にも思うまい。とにかく顔さえ隠しておけば、ばれるはずもない。
何とかやり過ごした。警察御一行は階下に降りていく。
部長が、駆け上がってきた。
「すぐ降りて」
知人の店長は、そこから許たちを逃がしてくれた。
そのまま紀子の下宿先になだれ込んだ
新御堂筋のガードができる前の時代。トリオを出ると、許たちは曽根崎警察と反対の方向へ走った。
そこでタクシーを止める。飛び乗るやいなや、紀子に話しかけた。
「ちょっと悪いけど、自分とこへおらせてくれるか」
トリオで何が起きたのか。恐らく彼女も訳がわかっていない。
「……いや、ええけど……」
「事情は、行ってから説明する。とにかく、頼むわ」
そのまま彼女の下宿になだれ込んだ。
当時彼女は同じ短大に通う友人の家に下宿していた。三畳一間の小さな下宿といえば、昭和48年に流行ったかぐや姫のフォークソングの、赤い手拭いマフラーにして2人で行った横丁の風呂屋という『神田川』の世界。
そこで二晩世話になった。