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 この道はクマの生息地帯らしく、峠駅や板谷駅の待合室には「板谷~峠間 熊・出没!」との貼り紙があり、「この区間を歩いて行くのは危険です」と警告している。

板谷~峠間でクマに注意するよう呼びかける貼り紙(板谷)

120年以上続く大福餅のホーム立売り

 この朝の列車では姿を見られないが、峠駅のホームでは、駅前の茶店による大福餅(峠の力餅)の立売りが今も行われている(休日は朝の列車でも立売りを行うとのこと)。

 スイッチバック式の駅だった当時は、列車の進行方向が逆になるため必然的に停車時間が長く、車内の旅客を相手にした立売りの営業に適していた。昔の客車では窓が開いたから、旅客がホームに降りなくても窓越しに買うこともできた。

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車外から力餅を売り歩く〔店主に許可を得て撮影〕
スイッチバック時代、平成2年夏の峠駅での立売り〔店主に許可を得て掲載〕

 120年以上前の明治時代に始まった峠の力餅のホーム立売りは、今やJR東日本管内ではこの峠駅でしか見られない営業形態だという。

 スイッチバックがなくなった現在では停車時間が30秒しかないが、「立売りから地元の名物を買う」という体験をするために、この区間をわざわざ普通列車に乗る旅行者もいる。私もその一人で、峠駅を通るときは早朝や深夜で立売りが行われていない時間帯でない限り、条件反射のように1箱買うのが習慣になっている。

ホームで購入した峠の力餅を車内で広げる。包み紙のデザインは昭和時代からほとんど変わっていない

「野生の猿が駅内に出没しておりますので…」

 峠から先は、ひたすら山道を下っていく。7時51分、定刻より2分遅れて大沢に到着すると、私を含めて10人以上の旅行者が席を立ち、スノーシェッド内の狭いホームに降り立った。あと半月で下車できなくなる大沢駅を列車で訪ねるには、約1時間で2往復、上下合わせて4本の列車が発着する朝のこの時間帯が最も便利だからであろう。

大沢駅に停車。地元客の姿は皆無
この日はサルの姿は見かけなかった(大沢)

 列車が出て行ってしまうと、スノーシェッド内は静寂に包まれる。駅周辺には小さな集落があるが、住民の数は板谷よりさらに少ない。近隣に並行する幹線道路もないので、自動車が走る音も聞こえてこない。

 上りホーム側には「最近、野生の猿が駅内に出没しておりますので、十分ご注意ください」という掲示が出されている。板谷峠の各駅は、クマや猿のほうが列車の利用客より目立つようだ。

スイッチバック時代の大沢駅(平成2年)。福島行き上り列車が本線からバックして入線してくるところ
ほぼ同じ位置から撮影。向かい側の下りホームは深い草叢に呑み込まれつつある

 大沢駅のスイッチバック時代の遺構は、ホームの米沢側で左に分岐する線路の先にある。スノーシェッドを出たところに旧ホームや旧駅舎が健在で、駅舎の壁面には「大沢駅」の文字がうっすらと残っている。