『人類の都 なぜ「理想都市」は闇に葬られたのか』(ジャン=バティスト・マレ 著/田中裕子 訳)

 財産に恵まれているが自己肯定感は低い姉と、貧しいが未来を語る預言者のような彫刻家の弟。魂レベルで共振していた姉弟。両者の思いは、偉大な芸術作品ではなく、壮大で珍奇な都市計画にたどり着いた。その名は「世界コミュニケーションセンター」。聞いたことのない名前だと思うかもしれない。ご心配なく、都市や都市計画の専門家の間でもとくに知られていない。

 本書は、現代のフランスのジャーナリストの手によるルポルタージュで、20世紀初頭に構想された壮大な都市計画の全貌とその提唱者である姉弟の生涯について触れたもの。

 姉弟の関係は、夫を亡くした姉と夫の弟、つまり未亡人と義理の弟だ。ただ、その関係性を超えて芸術に向き合うパートナーでもある。シンプルにパトロンと芸術家でもあるし、信者と導師という側面も見えてくる。また「すべての人間と国家をひとつに」という理念を持って運動に邁進した男女という意味では、ヨーコとジョンとも重なって見える。メリーとジャニー? 凸凹姉弟、野望という意味ではやや似ている。

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 当初、姉弟は新しい時代の「殿堂」を建立しようとした。美術館や図書館、劇場を擁する複合的な文化施設の計画。風呂敷はさらに広がる。学校やスポーツ施設、動植物の居場所や人工湖などを取りそろえた総合環境施設をつくるのだというプランへと発展。さらに、すべての人類と国家をひとつにするための都市という段階にまで到達した。

 妄想も過ぎると支持者も生まれる。やがて世界中のメディアが計画を取り上げ、国家元首や政治家や文化人から賞賛を受けた。

 20世紀初頭は通信や交通のテクノロジーが発展し、世界国家の形が夢想された時代。理想主義者たちは、国家や民族を超えた共同体の実現を唱え、その象徴としての都市というアイデアを持ち上げた。

 著者は、この理想主義者たちと現代のテック企業の経営者の姿を重ねている。ザッカーバーグやGoogleが考える世界規模のプラットフォームは、100年前の夢想の発展版でしかないのではないかと。

 ところで、日本にも「世界コミュニケーションセンター」と似た都市計画は過去になかったか。

 ある都市計画が思い浮かぶ。国家元首の死後、顕彰のための神殿を建立しようという計画。外周には芸術とスポーツの施設が併設される公園を造る。1920年代の話だ。

 宗教と芸術とスポーツの融合した施設。内苑は東洋風、外苑は西洋風と、建築様式の融合も試みた。明治神宮と神宮外苑の話である。

 神宮及び外苑は「世界コミュニケーションセンター」と同じ時代の都市計画だ。精神性も似ている。違うところは、計画の成果物が実際にあるかどうか。もちろん、神宮は今も東京の真ん中に残っている。

Jean-Baptiste Malet/ル・モンド・ディプロマティーク、シャルリー・エブドなどに寄稿する新進気鋭のジャーナリスト。2017年刊行『トマト缶の黒い真実』はグローバル経済の実態を暴き、伊で出版停止となった一方、仏の権威あるジャーナリズム賞「アルベール・ロンドル賞」を受賞。
 

はやみずけんろう/1973年石川県生まれ。ライター・編集者・配信者。近刊に『1973年に生まれて』『これはニュースではない』。