EUの模範的存在だったドイツが窮地に立たされている。ロシアのウクライナ侵攻やイスラエル問題の対応に苦慮する中、難民の増大で社会不安が広がり、ポピュリズム政党が台頭している。この夏にドイツに拠点を移した哲学者の斎藤幸平氏と、日本で翻訳などを手掛けるドイツ人のマライ・メントライン氏が、ドイツの今について語り合った。
◆◆◆
「インフラ崩壊」を目の当たりに
マライ 斎藤さんは、ドイツのハンブルクに拠点を移したんですね。
斎藤 はい、ハンブルクの研究所に2024年8月から籍を置いています。そこで気候変動問題に取り組むための、新しい経済システムについて共同研究をしています。
マライ 同じ北ドイツのキール出身なので、斎藤さんが故郷にいる感じがして、嬉しいです。ドイツでの生活はいかがですか?
斎藤 ハンブルクの街は気に入っていますが、今、ドイツ各地で問題になっている「インフラ崩壊」を日常的に目の当たりにして、不便なことも多いです。10年ほど前、大学院時代をベルリンで過ごしましたが、当時と比べて、「ドイツってこんな国だったっけ?」と。研究用の資料が入った箱が4つもロストバゲージで届かなかったり、いつも鉄道が大幅に遅れたり、インターネットの接続が異常に遅かったり……。EUの中でも裕福な都市として知られるハンブルクでさえ、以前はなかった日常生活の支障が生じています。
マライ 鉄道の遅れはひどいですよね。私も9月にドイツに帰りましたが、ベルリンから1駅移動するのに30分もかかりました。
斎藤 一番困っているのは、外国人局が機能していないこと。来て1週間で滞在ビザを申請したのに、いまだに音沙汰なし。ビザなし滞在期限の3カ月を過ぎてしまいました。ビザがないので、EUを出ることができません……。
マライ ええ!? ビザが下りなくても大丈夫なんですか? やはりここ数年の難民の増加が影響していそうですね。
斎藤 周囲に聞くと、期限切れはわりとあるようです。シリア、アフガニスタン、イラクからの難民に加えて、ウクライナからも100万人以上受け入れているので、人手が足りていないのでしょう。ドイツといえば、ヨーロッパの中でも勤勉で、日本の国民性に近い真面目なイメージを持つ人が多いと思いますが、いまは日常生活のレベルにまでさまざまな歪みが生じています。
マライ インフラ崩壊の主な原因は、2005年から16年続いたメルケル政権が、内政を疎かにして公共投資をしてこなかったことです。彼女は日本で一本筋の通ったリーダーと思われていますが、外交ばかりやっていて、ドイツ国内では不満が募っていた。
斎藤 物価高騰も生活難に追い打ちをかけています。10年前私が留学していた頃、3~4ユーロで買えたケバブが、いまや8ユーロ! もちろん、給料は倍になってはいません。ハンブルクは富裕層が多く、アルスター湖には豪華なヨットがたくさんありますが、庶民の生活は苦しくなっています。