「事件が起きたころ、頻繁に救急車のサイレンが聞こえました。最初は老人ホームだからと気にもとめなかったけど、あまりに連続したのでよく覚えています」
事件は「迷宮入り」かと思いきや…
施設は2011年秋に開業した鉄筋コンクリート6階建て。介護居室数は80で、すべて個室。入居料は月額22万円。介護保険を利用する多くの高齢者が暮らしていたここで、入所者3人の不審死が相次いだのだ。
11月3日夜から4日未明の間に要介護3で当時87歳男性・丑沢民雄さんが4階403号室号室のベランダから転落して死亡。
12月9日と31日にも、要介護2の86歳・仲川智恵子さんと、要介護3で96歳・浅見布子さんの女性2人が、それぞれ4階403号室と6階601号室のベランダから落ちて命を落とした。
いずれも時間帯は深夜。そして、この施設では毎晩3人の職員が宿直していたが、その足跡を追うと、入居者3人が転落したすべての夜に勤務していたのが冒頭で関与を否定していた今井だったのだ。
要介護2とは、支えがないと立ち上がったり、歩けない状態を指す。食事や排泄などの場面では、見守りや手助けが必要になる。そして要介護3になると、食事や排泄だけでなく、着替え、歯磨きなどあらゆる場面で介助を必要とする。ベランダの手すりの高さは約120cmだった。しかも女性2人は、いずれも身長140cm台と小柄だった。
足が不自由で小柄な方々がベランダを飛び越えて自死する、はずがない――死亡者3人の要介護レベル、背丈や手すりの高さ、そのどちらからも事故ではなく事件であることは、私でも容易に想像された。
ところが意外や、蓋を開ければ目撃者はおらず、監視カメラも設置されておらず、遺書もないことで捜査は暗礁に乗り上げていた。しかも、転落死があったすべての夜に勤務していた今井が「疑われているなという自覚はあったが、突き落としてはいない」と任意の取り調べで関与を否定したことで打つ手はなくなり、警察は司法解剖もせぬまま事故処理しようとしていた。
初動捜査では、警察は事故や自殺の可能性が高いとの観点から、殺人事件を扱う捜査一課との情報共有や連携要請をしていなかったという。そうしたこともありこの連続不審死は、よもや“迷宮入り”寸前だったのだ。