パパはどんなに体がつらい時でも選挙の投票には必ず行く人でした。私が何気なく、「誰に入れるの?」と聞くと、パパは「安楽死を推奨している政治家に入れたい」と言ったんです。「自分の最期は自分で決めたいんだ」と。
パパは人生の最後に安楽死を望んでいました。あの苦しみを見ていましたから、その言葉は私の心に深く刻まれました。人間の尊厳とはなんだろう。生きるとはどういうことだろう、と。
それから間もなくして、19年12月12日にパパは慢性腎不全で亡くなりました。私が駆け付けた時、病室ではまだパパの蘇生措置が行われていました。心臓マッサージで肋骨が折れているけれど、家族の同意がないと打ち切ることができないと言われたので、「もう逝かせてあげてください」って。
ガラリと環境が変わり、焦りを感じる日々
── 享年81。間近で見てきた最愛の父の壮絶な最期。それはがんを宣告されたアンナの人生観に、少なからず影響を与えた。
実は、パパが亡くなってからこの4年間、私、ちょっと心を病んでいたんです。
パパの死後は手続きや遺品整理に追われるばかりで芸能のお仕事はほとんどできず、娘の百々果とは離れて暮らすようになって、ガラリと環境が変わりました。生きがいをなくし、やりたいことも見つけられないまま、ぼんやりテレビを見ては、「もうここに私の居場所はないんだろうか」と焦りを感じる日々でした。
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