「娘ちゃんと遊びに来たよ」とワイン片手にやってきたJちゃんは子供と遊ぶのが非常にうまい。彼女は子供に全く媚びないのだ。「いないいないばあでもやってれば気をよくするだろう」などと相手の感情を操作しようとはしない。1歳児なれど自分を人間として見てくれる彼女が娘も大好きなのだろう。彼女が娘とやんや遊んでいる間私はワインをごくごく飲んで最高の時間を過ごした。
彼女がむらむらした本は谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』。話を聞かせてと言うと「谷崎が自分で朗読した音源が携帯に入ってるからそれを聞こう」と嬉しそうに携帯を操作しだした。そして、自分の推しを語るオタクの如く「この音源は凄いよ……老人が息子の奔放な嫁にムラムラしている話なんだけどさ、谷崎の声が耳の中でナメクジが這うようにねっとりしてるの。興奮のあまりヨダレをすする音とかも入ってるんだよ」と満面の笑みで語り出す。……娘を寝かしつけた後でよかった。
「ほら、谷崎の足フェチが炸裂しているよ、老人が足を舐めようとして叩かれて興奮しているよ」と実況するJちゃん。「この『お爺ちゃんそれはやりすぎです』って言われてパシって叩かれるシーン、谷崎が地の声であんって言ってしまうから」とポイント解説はどれも谷崎潤一郎氏の素が出ているところだ、相当聴き込んだんだろう。
「これ、どんな時に聞いてるの?」「仕事行く前バスでとか、晴れの日に散歩しながらとか。頑張ろうって思えるんだよね」。なんで足フェチの老人が息子の嫁にムラムラしている様を聞いて「頑張ろう」に繋がるのか。
「私、尊敬している人の『老い』が好きで」ほうほう。「老いというか、滑稽さというか。ご飯に連れてってくれた時、一番カッコつけたいタイミングなのに老眼でメニューが読めないとか笑。愛おしくて」うん、ここまでは私も理解できる気がする。
「この当時は今よりも家長制度が強い時代じゃない。そんな中権力のあるものが無下にされている様、無下にされて興奮している愚かさ、その滑稽な姿に私はたまらなくムラムラくる、この老人はほぼ谷崎本人だから」なるほど。文学を愛する彼女は谷崎氏を尊敬している。そんな氏の抗えない滑稽な姿にムラムラきて活力が湧くのだろう。ムラムラしている氏を見てムラムラするという、サディスティックなのか聖母なのか言い表せない視点。私は素直に「嫁の風呂に入ってくるおじいさん気持ち悪い」と思ってしまうのでわからない。癖を極めると本の見え方がここまで変わるとは……。少し羨ましい気持ちになったのだ。