学費を滞納し、除籍処分が下された楊寧
楊もまた中国・吉林省出身の23歳。01年10月に就学ビザで来日して、福岡市内の日本語学校『K』に通う。その後、02年に北九州市にある私立大学の国際商学部に入学し、アジアの貿易経済について学んでいた。しかし、徐々に大学をさぼりがちになり、後期は病気と称して休学している。当時、私の取材に対して同校の職員は説明した。
「彼は03年4月に復学しましたが、学費を滞納していました。それで6月になって『本国にカネを取りに帰る』と言ってきて以来、音沙汰がなく、除籍処分が下されました」
なお楊が来日して最初に通った日本語学校『K』とは、王が翌年から通うようになり、除籍となった日本語学校『K』と同一である。
こうしたことが明らかになった03年7月後半の段階では、A家の事件に関与した疑いが濃厚な王と楊についての、おおまかな経歴は判明していた。だが、犯行が誰の計画によるものか、その目的や動機、具体的な手段など、わからないことだらけだった。
王、楊と連絡をとっていた、中国人留学生・魏巍
捜査本部は日本語学校『K』に対して、王と楊を含めた、5人の中国人留学生についての情報を請求していたが、うち3人は同校の生徒と元生徒なので、日本での連絡先や中国の実家等についてはわかるが、残り2人についてはわからないとの返答を受けている。こうしたことからも、まずは王と楊の交遊関係を把握し、周辺から事件についての情報を集めようとしていることは明らかだった。
そこで浮かんできたのが、王や楊と携帯電話で連絡を取っていた魏巍(ウェイ・ウェイ)という中国人留学生の存在である。
魏は中国・河南省出身の23歳。01年4月に就学ビザで来日し、福岡市内にある日本語学校『A』に入学する。同校関係者によれば「出席率は97%くらいで優秀な生徒でした」とのこと。翌02年4月には、同市内のコンピュータ専門学校『K』に入学。ここでは留学生コースの『プログラマー養成講座』に通っていた。
日本語学校『A』時代から、福岡市博多区にある2階建てのアパートに住んでいた魏は、03年8月6日に、元交際相手の女性への傷害容疑で逮捕される。彼は中国に出国する予定で、この日に出発する航空券を購入しており、そのわずか数時間前の逮捕だった。
逮捕後に取材したコンピュータ専門学校『K』の関係者は明かす。
「魏の1年目の出席率は100%で、これは全生徒のうち3~4割しかいません。非常に真面目な学生で、学校としては文科省の奨学金を受けるための推薦を検討中でした。ただ、2年目となる今年5月の連休明けから、休みが増えてきたんです。それでどうしたのかと思っていたところ、8月の初旬に、警察から所在確認の連絡が入りました」
このようにして、同事件について日本で逮捕された魏であったが、「言いたくない」と、供述を拒んでいた。
じつは私はこの時点で、魏の中国・河南省にある実家の住所と電話番号を入手していた。ただし、彼が殺人にかかわっていたかどうかについての情報は得ていない。そのため、実家に連絡はしていなかった。
もし、彼が殺害を自供することがあれば、電話してみようとは考えていたが、まだその段階ではなかったのである。
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