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月まる 「母にされて嫌だったことを、絶対に子どもにしない」というのが最大の教育方針です。今は子どもが私に毎日「大好き」と言ってくれるんです。最初は「そう言わないと嫌われちゃうと思っているのかな」と心配していたのですが、だんだんとおかしかったのは自分の幼少期で、健康に育った子どもは親に対して自然に愛情を持つものだと知りました。自分の子育てを通じて、答え合わせをしている感覚ですね。

──今も妹さんは実家で暮らしているんですよね。親が世話できなくなった後の妹さんのことについて、何か考えていますか。

 

月まる 「親亡き後」問題ですよね。30代までは「私が全部やらなきゃ」と思っていたのですが、今はその気は全くないです。福祉を勉強する過程で、成年後見人を立てればいいんだと気づきましたし、仕事で養育(発達支援)に関わるようになってからは、「家族が全てを担う必要はない」とも考えるようになりました。

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──どんなきっかけがあったんでしょう。

月まる 障害のある子を残して亡くなる親の中でも、「兄弟姉妹に面倒を見てほしい」と思っている人は多いです。ただ、ほかに見られる家族がいない場合や、親族が断った場合には、行政が対応します。兄弟姉妹には強い扶養義務もないんです。

 だから私がいなくても妹は大丈夫だし、意外と社会はなんとかしてくれる。私は自分の人生を優先して、妹の世話を拒否する権利があるし、それを気に病む必要はないと、割り切りがつきました。

──仕事の中で、「親亡き後」の現実をたくさん見てこられたんですね。

月まる 障害者の入所施設で働いていたときに、入居者の親御さんが事故や病気で突然亡くなって、医療同意や福祉サービスの利用を決定していた家族が急にいなくなるケースが何度かありました。そういうとき、職員の中には全然連絡をとっていなかった兄弟姉妹を探そうとする人もいたのですが、「報告はしてもいいけど、面倒を見るようにプレッシャーをかけるスタンスで接してはいけない」と口酸っぱく言ってきました。

 障害のある子の診療でも、障害のない兄弟姉妹を「お姉ちゃんちょっと●●してきて」と駒のように扱う親はいます。そういうときは「それは親の仕事だから、お姉ちゃんにお願いするのは負担だからやめましょう」と話をしていました。

「私と妹は、たまたま親が一緒なだけの他人」

──現在は妹さん自身についてはどんな風に思われているのですか?

月まる 私は妹に負の気持ちが向いたことは一度もないです。子どもの頃にしていたお世話も、負担を強いているのは親だとわかっていましたし、イジメを受けたときも妹のせいだと思ったことはありません。それでも、彼女の人生まで背負うつもりは今はありません。私は妹を一人の独立した他人だと思っています。彼女が福祉の力を借りて、幸せに穏やかに過ごせることを願っていますが、そこに私が関わる必要はないと思います。

──遠くから幸せを願う、と。

月まる だから親がいなくなった後に私が何かをしてあげる必要はないし、親の代わりに会いに行く必要もないと思っています。両親はお金をそれなりに持っているので、どこか施設に入れようと思っているみたいです。

 

──その決断に葛藤はありましたか?

月まる 今は葛藤はないですね。私と妹は、たまたま親が一緒なだけの他人で、今の私にとって家族は夫と子どもです。妹や自分の親よりも、今の家族の方がずっとずっと大切で、実家の人たちは他人だと思うようになりました。

 私の選択を「冷たい」と言う第三者はいるかもしれませんが、それはもう気にしていられない、というのが正直なところですね。