『ミスター・チームリーダー』(石田夏穂 著)新潮社

 JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)にまつわる小説を書かせたら、若手では石田夏穂の右に出る者はいない。それは第一にディテールの精緻さゆえのことだ。作品の舞台の多くは建設業界のB to Bの企業だ。具体的な数値と建設業界の専門用語を織り交ぜた情景描写は、描写というよりもはや計測の域にあり、とりわけ、備蓄用タンクや溶接工の手技など、建設現場の描写は美しくて惚れる。JTCをJTCたらしめるのは、旧態依然とした会社組織、生産性の低い社員、そして部下を叱責したり最悪の場合には暴力を振るったりするパワハラ上司であろうが、石田の小説では彼らとの関わり合いを描いても勧善懲悪の筋を辿る人間ドラマにならない。上司が悔悛するわけではない。けれども小説の終わりには変化が訪れる。主人公の審級との向き合い方が明らかになったら小説が終わりを迎えるのだと、私は思う。

 審級。もう少し具体的に言うと、社内ルール、上司の意志、品質検査、美醜の基準、ジェンダー規範など。これらのどうしてまかり通るか時にわからないものが、登場人物たちを急襲するがごとくなのだが、彼らは審級との関わり方を自力で見つけ出している。ここにこそ石田の小説の美点がある。

 ごく一部を紹介する。例えば、審級に屈しないことの強さ。『我が友、スミス』はボディビル大会出場を目指す女子社員の話だが、審査基準を満たす肉体が求められてばかりの状況で、彼女は最後に抵抗を試みた。『我が手の太陽』で、スランプに陥った歴戦の溶接工は、自身の仕事にフェール(不合格)を言い渡す検査員の幻影に屈しない。審級を味方に付けようとすることも。『黄金比の縁』で人事部員の小野は、新卒の採用基準を顔の黄金比に決める。離職率は上がり、会社への復讐が果たされていく。顔の黄金比は小野が見つけ出した、無能な社員を引き当てるための審級なのだ。

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 さて、今作『ミスター・チームリーダー』では、とあるレンタル会社の、6人からなる建設資機材課が舞台。主人公の後藤は係長で、ボディビルをやっており減量に苦戦中だ。理想的なチームワークのために、体脂肪のごとく働きの悪い同僚を配置転換したら、なぜか同じタイミングで自分の体重が減る。だが、そうして3人の「減量」に成功したのち、予想外の事態が起こる。

 最後、後藤は言い訳をする。上司に同僚との扱いの差を訴え、ボディビルのクラス分けそのものに疑問を呈す。挙句に言うことが「自分の意志で、どうにでもなることだから」だ。人と自分を比べたり、ルールにケチをつけることが「自分の意志」の実体なら、彼は審級との戦いから下りている。とまれ一言謝っても良さそうなものだが、思えばボディビルのポーズに謝罪の意を表明するものはない。頭を下げる所作は腹の脂肪を「ブヨヨ」と震わせてしまうのだから。

いしだかほ/1991年埼玉県生まれ。東京工業大学工学部卒。2021年「我が友、スミス」がすばる文学賞佳作となり、デビュー。同作は芥川賞候補にもなる。他の著書に『ケチる貴方』、『黄金比の縁』、『我が手の太陽』。
 

にしむらさち/1990年鳥取県生まれ。批評家。2021年、すばるクリティーク賞を受賞しデビュー。著書に『女は見えない』がある。