「CUSA(キューサー)(超音波外科吸引装置)、用意して!」
千里は、冷蔵庫くらいの大きさのある機械本体の電源スイッチを入れ、超音波のパワーと吸引のパワーをそれぞれ標準の目盛りに合わせた。執刀医は棍棒のように太い超音波メスを手にして、「いいですね!」と全員に声をかけると肝臓に切り込んでいった。
ギーンと超音波メスが肝臓に食い込んでいく音と、同時に組織片を吸引していくズルズルズルという音がする。
助手の外科医たちは、ガーゼで手術野を拭ったり、吸引器で溜まった血液を吸い取ったりして視野を確保していた。
千里は足台から下りると、肝切除開始の時刻を記録し、吸引瓶に溜まった出血量をチェックした。けっこう血が出ている。
血まみれのガーゼを次から次に床に放り投げる執刀医
「吸引、100です!」
千里は麻酔科医に報告した。次は出血カウントだ。「火バサミ」でバケツからガーゼを拾いあげ、秤に載せる。10や20だったらまだ報告は早い。合計で100グラムになったら麻酔科医に知らせればいい。
千里はオペ室の床に「無窓」と呼ばれるおよそ1メートル四方のシートを広げた。外科医はガーゼを2、3枚まとめて術野に突っ込み、血でぐっしょりになると、まとめてバケツに捨てる。千里はそれを拾うと1枚ずつ広げていく。ガーゼの数もカウントする必要があるからだ。
手術前に用意したガーゼの数と、シートに広げたガーゼの数が、手術終了時に一致しなければ、それはガーゼが患者の体の中に残っているということだ。千里は左から右へガーゼを1枚ずつ並べていき、それが10枚になったところで1つの山にしてまとめる。確実にやらないといけない大事な仕事だ。
そうやってガーゼの束の重さを計測し、また1枚ずつバラして広げていると、千里の耳にビチャッ、ビチャッという音が飛び込んできた。何だろうと外科医たちの方を振り返ると、執刀医が血まみれのガーゼを次から次に床に放り投げていた。