「ガーゼ! ガーゼ! もっと出して!」
外科医たちが器械出しの看護師に向かって叫んでいた。手にしたガーゼの束を手術野の奥に突っ込んで圧迫し、次には取り出してバケツに捨てている。いや、バケツから的が外れて床に投げ捨ててしまっているのだ。
雨が降ってくるようにビチャビチャと落ちてくる
千里は焦って次々にガーゼを「火バサミ」で拾い上げ、どんどん計量した。1回の計測で出血量が200グラムくらいあった。千里は麻酔科医に「ガーゼ出血200です!」と叫んだ。
だが、息つく間もなく、まるで雨が降ってくるように次から次へと血のガーゼがビチャビチャと落ちてくる。手術室の床は辺り一面血だらけになっていた。
(こ、これって修羅場?)
千里はごくりと生唾を飲んだ。正確に出血量を測らないと輸血ができない。一心不乱に千里はガーゼをかき集めた。もういちいち「火バサミ」は使っていられない。手袋をした手で床に落ちているガーゼを直接拾い上げた。
出血はたちまち、300、400グラムになった。二人いる麻酔科医のうち一人がオペ室から走って出て行った。輸血製剤を取りに行ったのだろう。
千里はもう必死だった。出血の計量も大事、ガーゼの枚数をカウントするのも大事。術野を見る余裕など完全にない。おそらく切った肝臓の断面から血液が噴き出しているのだろう。それとも、肝臓から下大静脈(かだいじょうみゃく)に流入する肝静脈を切ってしまったのか。
出血カウントを正確に、早くやらなければならない
でも、それはどうでもいい。患者のために今一番大事なのは輸血。そのために出血カウントを正確に、そして早くやらなければならない。
血のガーゼは勢いが衰えることなく、次々と落下音を立てながら床に落ちてくる。先が見えない。千里にとって初めての体験だった。ガーゼ10枚の山がどんどん並んでいった。出血量は1000グラムになろうとしていた。
(用意したガーゼ、足りるかな?)
千里の脳裏にはそんな考えが一瞬よぎったが、器械台を見やる余裕もなかった。