遺伝、そして家族内での発症率が高い、という報告もあった。康祐は、それがありありと見える朋美の過去を、義理の父から聞いていた。
「朋美が3歳のときでした。新興宗教にハマった母が虚言や妄想を繰り返すようになり、母は実家から追い出されてしまったそうなんです。実父に引き取られる形で実家に残った朋美は、そのまま母と生き別れてしまいました」
康祐が、遺伝ではなく「家族内での発症」を疑った理由はわかりやすい。こうして朋美は母親の愛情を受けずに育ってしまったからだ。その妄想性障害が社会人になってからや結婚生活で問題を起こす過程は後に詳しく見ていくが、朋美は10代の頃から問題行動が目立っていた。
「自分の主張は絶対に曲げない性格で、友達から間違いを指摘されても、それを受け入れられない。それどころか、激昂して、なんとか相手を言いくるめようとする。学生時代は、それが理由で周囲からいじめられていたそうなんです」
康祐は「朋美との結婚の許しを得ようと実家に行ったときのことです」と続ける。
「『嫁にやれるような娘じゃない』。義理の父からこう言われました。家事もダメ、人間関係もダメ。『娘は人としてダメだから』って言うんですよ」
あるべき母親という存在がなかった上に、父親からも腫れ物扱いされていたようなのだ。朋美の妄想性障害は、この生い立ちが下敷きだったことを、康祐の話は表している。
交際当初は目立った兆候は見られなかった。
髪は金髪、車はヤンキー車に「妻が別人になった」
しかし、それも長くは続かなかった。例のワキガ事件と時を同じくして、朋美がおかしな行動をするようになった。
「何がきっかけかはわかりません。朋美が別人になった。そんな印象でした」
髪を突然、金髪にしたり、ヤンキー車として知られる日産のスポーツカー『180SX(ワンエイティ・エスエックス)』を乗り回した。ありもしない浮気で癇癪を起こす。事務職に就いていた仕事先でトラブルを起こしリストラにもあった。
リストラされたとき朋美は、すごい剣幕で会社に乗り込んだ。不当解雇を訴え、果ては和解金を勝ち取った。妄想性障害の症状として、自分に非がないと思い込んでいることが敵対的行動につながり、訴訟などに出ることがあるという。朋美の行動はそれを描きだしていた。
ついに朋美は仕事すらしなくなった。