CG、ワイヤーは抑えて人間の体術で見せる
そして全編を貫くのは、さまざまに趣向を凝らしたアクションの数々だ。そのことごとくが、とにかくカッコいい。
日本映画における近年のアクションといえば、CGやワイヤーを多用した表現が多い。そのために軽くて嘘くさくなり、リアリティと迫力に欠けたものになりがちだった。が、本作はそうではないのだ。
あくまでホンモノ志向。装置においては大爆発や大炎上、無数の一揆勢が掲げる松明が全てCGではなく実際に撮影している。そして何より素晴らしいのは、人間の動きだ。全てにおいて肉体性を第一に考え、CGは不使用。ワイヤーも大々的に使うのはクライマックスの1度のみで、基本的には人間の体術を駆使している。そのため、近年の日本映画にはなかった汗臭さ、泥臭さが個々の肉体からほとばしり、人と人との熱いぶつかり合いが全編を貫くことになった。
大泉洋の納刀・抜刀の確かさに惚れ惚れ
また、そうしたアクションを実現させた俳優陣の奮闘も特筆すべきものがある。
観る前に不安だったのは、大泉洋だ。殺陣のできるイメージは全くなかったからだ。ところが、序盤の関所破りのシーンから早くも見事な立ち回りを披露。腰の据わった安定感あるフォーム、いくら刀を振ってもブレることのない重心、納刀・抜刀の鮮かさ、斬り終えた残心のシルエットの美しさ。どれをとってもヒーローとして申し分のないもので、当初の不安はすぐに消え去ることになる。
一方、その弟子の才蔵を演じる長尾謙杜はアクロバティックな棒術を見せる。琵琶湖畔でのジャッキー・チェン初期作品のような奇想天外な特訓シーンもスタントやCGなしで乗り切り、その若い肉体の躍動は新世代のアクションスターの到来も予感させた。
さらに嬉しかったのは、兵衛に立ちはだかる骨皮道賢役の堤真一と、才蔵を見守る弓の使い手役の武田梨奈という、アクションの鍛錬を積んでいながらもその才能を日本映画で発揮する機会に恵まれないできた二人が、鬱憤を晴らすかのように動き回ってくれたことだ。堤の圧倒的な強者感を放つ殺陣、武田の弓やナタを使っての全身全霊の激闘は、いずれも「これが見たかった!」という願いを叶えてくれるものだった。