「目には目を、歯には歯を」という復讐法は、古代バビロニア帝国で定められたという。これは「目には、目と鼻を」というような過剰な復讐を禁止するために設けた規定だ。現在でも一部の中東諸国では、この復讐法が機能している。

 先進諸国では、殺人、強姦、強盗傷害などの凶悪犯に対する法的制裁が甘いという意見がある。それでは、日本に〈犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行できる〉という復讐法が導入されたらどうなるか。そこで生じうる人間ドラマが、5つの連作によって描かれている。刑の執行を見守る応報監察官の鳥谷文乃(あやの)が、すべての物語に登場するが、現場経験を積むにつれて文乃の内面に生じてくる変化がリアルに伝わってくる。

 評者が最も感銘を受けたのは第2章「ボーダー」だ。14歳の吉岡エレナは、同居する祖母の吉岡民子を刃渡り20センチの牛刀で切りつけ致命傷を負わせ、その後も執拗に胸部を刺して殺害した。判決は、従来の法律に基づく少年院送致か復讐法のいずれかを遺族が選ぶことになった。母親を殺害された吉岡京子は娘のエレナに対して復讐法を適用することを選択する。

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 しかし、事件には思わぬ背景があることが、エレナと小学生時代の同級生だった富永菜月からの刑の執行停止を求める嘆願書によって明かされる。そこには〈近所では有名でしたが、民子さんは「ライリシード」という団体の一員でした。表向きは自己啓発セミナーや慈善事業を行う一方、裏では霊感商法をしているという悪い噂があります。その団体の代表のマキモトという人から「すぐに夫を生命保険に加入させなさい。あなたは必ず幸せになれる」と言われ、その一年後、病気で夫を亡くした民子さんは「言われたとおりにしたから、莫大なお金が入り、幸せになれたのだ」と近所の人に話していたそうです。〉などマキモトという教祖にマインドコントロールされた民子の異様な行動が描かれていた。刑の執行日、嘆願書はエレナの前で読み上げられる。それに触発されたエレナは法廷では語らなかった事件の意外な真相を語り出す。読者からこの小説を読む楽しみを奪ってはならないので、この先について述べることは差し控えるが、思わず涙がこぼれるような結末だ。評者は鈴木宗男事件に連座して東京拘置所の独房に512日間収容されたことがある。両隣の独房には確定死刑囚がいた。現行の死刑にも復讐の要素がある。復讐を受けることが罪の償いになるとはどうしても思えない。

こばやしゆか/1976年長野県生まれ。2006年伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞で審査員奨励賞、スタッフ賞、08年富士山・河口湖映画祭シナリオコンクールで審査委員長賞。10年MONO-KAKI大賞シナリオ部門で佳作入選。11年「ジャッジメント」で小説推理新人賞。

さとうまさる/1960年生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。作家・元外務省主任分析官。『国家の罠』など著書多数。

ジャッジメント

小林 由香(著)

双葉社
2016年6月21日 発売

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