あぁ、まさか自分がこんなにもカタツムリを食べたくなるなんて! おっと、カタツムリ、ではない。エスカルゴ、である。本書に出てくる料理、とりわけエスカルゴ料理が、大元のストーリーとともに、読むものを熱く、熱く魅了してしまうのだ。
主人公は、出版社に勤務する柳楽尚登、二十七歳。ある日、社命でカメラマンの実家を訪ねた尚登は、自然界の螺旋=ぐるぐるに魅せられたそのカメラマン・雨野から、ある計画を聞かされる。立ち飲み屋をエスカルゴ料理メインのフレンチレストランに変える、ついては、シェフは尚登だ、と。要するにワンマン社長から、問答無用の出向というか、実質上のリストラをされたのである。
かくして、尚登の人生そのものもまた、ぐるぐるし始める。三重にあるエスカルゴの養殖場で、“本物”の美味しさに開眼した尚登は、「日本初の、本物のブルゴーニュ・エスカルゴをふんだんに供する店」の実現を雨野と共に目指すようになるのだが……。
実家が讃岐うどん屋、という尚登にとっては、鬼門とさえ言える伊勢うどん屋、その看板娘にハートを射抜かれたり、立ち飲み屋時代のカリスマホール係、剛さんと一悶着あったり、店の経営に苦戦したり、と読みどころはたっぷり。
それに加えて、本書に登場するエスカルゴ料理の数々、これがもう、堪らないのだ。読んでいるだけで、ブルギニョンバターの芳香が、エスカルゴの得も言われぬ食感が、ありありと伝わって来る。尚登の創作エスカルゴ料理であるエスカルゴうどん! はまさに垂涎もの。そこにあるのは、作者、津原さんのエスカルゴ愛に他ならない。
特筆すべきは、本書にちりばめられた品の良いユーモア。美味しくて、楽しくて、そして程よく切ない(尚登が井の頭公園で、一人ダンスステップを踏むシーンの素晴らしさ!)本書は、そのものが絶品の一皿だ。さぁ、ご堪能あれ!
つはらやすみ/1964年広島県生まれ。ベストセラーとなった『ブラバン』や「SFマガジン」オールタイム・ベストSF国内短篇第1位となった「五色の舟」など、幅広く活躍。「たまさか人形堂」シリーズなど著書多数。
よしだ のぶこ/1961年青森県生まれ。書評家。「本の雑誌」編集者を経てフリーに。著書に『恋愛のススメ』。