おおげさではなく、ときおり絶望的な気持ちになることがある。これだけジェンダーについての問題提起がまるで「国家プロジェクト」でもあるかのように、そこここのシンポジウムやトークイベントで行われていて、さぞかし人々の心のうちの認識も変化しているのではないかと思いきや、どっこい「オンナはニッコリ余計なことを言わない」とか「だからオンナは面倒くさい」などと真顔で言ってくるおじさんが私の周りにもかなりの数で生息しているのだ。こういう「オトコたちだけで運営してきた社会」を「あたりまえ」とする社会を私は総じて「家父長型社会」と呼んでいる。もっと具体的に翻訳すると「オトコだけで作ったルールと規範によって、そのグループに属さない人たちを差別する社会」である。このルールは明文化されておらず、しかもいつのまにか巧妙に人々の意識の奥深くに刷り込まれているからなおのこと厄介なのだ。
そんな男性優位の社会意識、すなわち家父長制はいったいいつからこの世界にこんなに広く、深く根付いてきたのか。イギリスの科学ジャーナリストで主に人種や女性差別の研究者アンジェラ・サイニーが、この家父長制の出自を突き止める途方もない旅に出てまとめたのが『家父長制の起源――男たちはいかにして支配者になったのか』だ。
すごい労作である。すごい取材力である。しかも家父長制について、もはやバイブルのようになっている古典的著作や研究の真偽をことごとく論破していく過程はド迫力である。彼女が得意とする科学的根拠の有無を手がかりとして。
サイニーはあるときは母系社会を「あたりまえ」とするインドの南西部のある地域に生きる女性たちを追跡し、またあるときはアメリカ女性参政権運動の発祥の地から、白人入植者が先住民に「文明化」の名のもとに家父長制を押しつけようとしたことを顧みる。またあるときはトルコの古代遺跡で男女にとらわれない平等なコミュニティが存在していたという説の真偽を考古学者に問う。
とにかく彼女の家父長制の起源を突き止める旅は、考古学・歴史学・人類学などの学者やジェンダーの活動家などの膨大なひとたちを巻きこんで息もつかせない展開をたどるのだ。それはとりもなおさず、これまでの男性優位の「あたりまえ」という雪だるまのように膨らんだ思いこみをひとつひとつ解きほぐしていく作業でもある。
これ以上書くと読み進むスリルをそいでしまうので、最後に「ジェンダー関係に初めて変化が認められ、男性が権威を掌握する最初の萌芽が見られるのは、初めて国家が出現したときだった」という一節を引用しておく。つまり、時の権力者は体制維持のために家父長制なる装置をその時々に応じてカスタマイズしてきたということなのである。
Angela Saini/科学ジャーナリスト。BBCやガーディアンなど英米の主要メディアに多数出演、寄稿。主な著書に『科学の女性差別とたたかう―脳科学から人類の進化史まで』『科学の人種主義とたたかう―人種概念の起源から最新のゲノム科学まで』など。
あんどうゆうこ/1958年、千葉県生まれ。キャスター、ジャーナリスト。椙山女学園大学客員教授。著書に『自民党の女性認識』など。