エンジンを搭載せず、バッテリーとモーターだけで走る電気自動車(EV、あるいはバッテリーEV)は走行時に排気ガスが出ないため、環境に優しいイメージがある。停車中もエンジン音がないため、車内は非常に静かだ。
エンジン車をはじめ自動車を生産するには、鉄やアルミ、銅の他、ガラス、タイヤのゴム、座席の繊維や皮革など、様々な資源が必要である。EVよりも小さなバッテリーとモーターでエンジンをアシストしながら走るハイブリッド車(HV)は、トヨタ・プリウス(1997年)など日本が得意としてきた。HVよりも桁違いに大きなリチウムイオン電池を床下の全てを占めるほどに搭載するEVは、格段に多くの稀少鉱物を必要とする。これらの調達まで含めて見ると、エンジン車からEV利用への移行は、本当にエコ、脱炭素なのだろうか。
著者ヘンリー・サンダーソンは中国語も話し、ブルームバーグの中国駐在レポーターとして活躍した後、米スタンフォード大学でバッテリーのサプライチェーン調査を率いる。英書のタイトルは、米国のゴールドラッシュにちなみ「EV資源ラッシュ(Volt Rush)」だ。原書房からは、本書にも登場する中国開発銀行を題材にしたサンダーソンの訳書『チャイナズ・スーパーバンク』も出版されている。
EVの商品価値を高めるため、リチウム、ニッケル、コバルト、銅はかつてないほど多く採掘されている。リチウムやコバルトなどはバッテリーの蓄電量を増やし、出力を向上し、充電時間を短縮するために必須だが、その採掘と製錬は中国(企業)に独占されている。オーストラリア、チリ、コンゴ民主共和国など限られた鉱山で採掘された鉱物は、中国の製錬所に運ばれるが、製錬所の発電は石炭火力のため、温室効果ガスの排出削減につながらない。
コンゴ民主共和国産のコバルトは、現地政府との汚職疑惑のあるグローバル資源大手による採掘か、過酷を極める児童労働によって採取された鉱物を買い上げ、他国産のコバルトを混ぜて産地をトレースできなくする中国企業からの調達か、どちらかを選ぶ「地獄の」選択となる。
著者は最後に、海底開発やリサイクル、英国コーンウォールの閉鎖された鉱山跡の湧き水からリチウムを採取する可能性などを紹介している。「資源のない」日本にとり、これらは好機なのか。本稿を執筆している1月20日は「(石油を)掘りまくれ」と発破をかける米トランプ大統領第2期の就任式の日だ。環境問題や人権を真剣に考えながら消費活動をする「倫理的消費」をしなくても世間体が悪くない時代へ逆戻りする空気を感じつつ、問題の先送りは社会課題の解決から遠ざかることも意味しよう。脱炭素が地政学リスクと結びつくパズルに、簡単な答えはない。
Henry Sanderson/ジャーナリスト。ブルームバーグ・ニュースの記者を経て、近年はロンドンのフィナンシャル・タイムズ紙でコモディティと鉱業を取材し、クリーンエネルギーへの移行が地球資源に及ぼす影響について広く執筆、案内している。
すずきひとし/1974年生まれ。国際文化会館地経学研究所主任研究員。合同会社未来モビリT研究代表。著書に『自動車の世界史』等。