「メジャーは、どの薬も禁止していない」

 マグワイアの薬物使用発覚の約1カ月前に陸上男子砲丸投げの金メダリスト、ランディ・バーンズ(米国)が同じ薬物の使用で無期限資格停止処分を受けていたが、大リーグの盛り上がりには何ら影響がなかった。

 日本のマスメディアも「薬物の使用問題もあったが(中略)大記録には、やはり『敬礼!』である」(朝日新聞「天声人語」)、「合法的な筋肉増強剤の一種を使っていると伝えられたが、本塁打は筋肉だけのたまものではない」(読売新聞「社説」)と薬物使用を擁護した。

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 年が明けて1999年2月、オリックスは業務提携を結ぶマリナーズのキャンプにイチローら3選手を送った。さながら大リーグを目指すイチローの展示会となったアリゾナ州ピオリアから、当時の大リーグの空気を物語る「イチローは今の体形で十分 薬物使用が盛んな米国」という記事(共同通信3月1日)が出ている。

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 マリナーズのヘッドトレーナーが「薬を使ったとしてもマグワイアにはなれないよ」と話したことを紹介し、イチローに筋肉増強剤は不要だと伝えている。トレーナーはイチローには薬物を勧めないと言いながら、一般論として「メジャーは、どの薬も禁止していない。個人の意思で使いたいなら正しい知識を与え、使うなという権利はない」と語る。これが大リーグの常識だった。

 マグワイアの腕の太さは「前腕44.5センチ、上腕50.8センチ」(日刊スポーツ1998年9月4日)である。米国人が180センチ、71キロのイチローを見て「メジャーでは通用しない」と思っても、無理もないことだった。

 この2年後、バリー・ボンズ(ジャイアンツ)が73本塁打を放った「ステロイド時代」の最盛期に、イチローはマリナーズ入りした。7年連続首位打者となった日本史上最高のヒットメーカーのパワー偏重の大リーグへの挑戦の始まりだった。