『魔女に与える鉄槌2』が無限に湧いてくる時代

安野 みんなが面白いぞと感じてしまう、人間の脳の柔らかな部分をつつくような陰謀論だけがSNSで拡散されていく構造なんです。ネットの自然淘汰を勝ち残っただけあって、なかなかによくできたもっともらしいお話が多い。

 歴史的に見て、情報が流通すればするほど陰謀論も流通するというのは、ユヴァル・ノア・ハラリの指摘です。活版印刷技術は科学革命の礎になった非常に素晴らしい技術ではありますが、同時に魔女狩りを生み出しました。15世紀、異端審問官によって書かれた『魔女に与える鉄槌』という怪文書は、今で言う陰謀論そのものですが、それが出回ったことでヨーロッパ中で魔女とみなされた女性たちが虐殺される暗黒時代が始まったわけです。

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 SNSは活版印刷技術とは比べ物にならない拡散力と中毒性があり、『魔女に与える鉄槌2』みたいなものが無限に湧いてくる時代になりました。人類はSNSと向きあい始めてからまだ日が浅く、情報プラットフォームに対する経験知が浅いので、テクニカルな部分も含めて改善の余地が大きいと思います。テクノロジーは良いことを後押しすることも、悪いことを増幅することもできますから。

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――具体的にはどういう対策法があると思いますか。

安野 まず誹謗中傷やデマに対する法的手段に関していうと、現行の法律の範囲でも、偽計業務妨害、公職選挙法違反、名誉棄損あたりで罪に問えます。むしろボトルネックとなっている課題は、開示請求をし、裁判をし、実際に削除や訂正・謝罪までもっていくコストと時間がものすごく大きい点にあります。このプロセスを技術的に簡略化し、処理速度を上げれば、被害者側にとってかなりマシな状況になると考えます。

 第二に、プラットフォーム側の協力を得て、AIを使って罵詈雑言や明らかなデマが流れないようにフィルタリングする方法があります。コミュニティノートのようなXでの注意喚起の仕組みを、他のプラットフォームでも適応し、客観的な情報を提供する仕組みを広げるのも良いアプローチでしょう。

人類はまだSNSとの付き合いを模索している段階

――現状、プラットフォーマー側の仕組みが追いついていない印象が否めません。

安野 SNSが国民に与える影響は甚大で、私は常々、GAFAMのようなビッグテックに対しては国が包括的な交渉を仕掛け、他国に対する外交と同じように「対ビッグテック外交」をすべきだと考えています。日本の法律を踏まえて開示請求への対応を早くしてもらうとか、ログをどの範囲残しておいてもらうとか。

 国対ビッグテックは「持ちつ持たれつ」の関係があるので、先方に有利な条件も使いつつ、したたかに交渉する必要があります。日本単独でやるのではなく、他国とも連携しながらプラットフォーム側に要請していくのが現実的です。

安野貴博氏

――ネット上でよく議論になる表現の規制問題に関してはどう思われますか?

安野 プラットフォーム側が透明性の高いルール運用のもと、例えば児童ポルノや罵詈雑言に対して一定のフィルタリングをかける措置はあり得ると思います。ただし、国が介入して特定の投稿や動画にたいして差し止める権限や仕組みをもつと、あまりにも強大な権力となり、果たして適切に運用できるのか私は懐疑的です。権力者にとって都合の悪い情報を消したり、敵対する候補者を貶めることも簡単にできてしまいますから。そういうルールづくりも含めて、人類はまだSNSとの付き合いを模索している段階だと思います。

――とくに政治的なイシューをめぐって議論が荒れやすいウェブで、果たして安野さんのいうデジタル民主主義は適切に機能するのでしょうか?