アイデンティティは「ゆるめて」「ストレッチ」する
――なるほど。
安野 昨今の社会的な分断は、アイデンティティ・ポリティクスがひとつの原因だと思っています。私は誰もが自分らしく生きられる多元的な社会を目指していますし、この領域に解決すべき社会課題が多いことも十分に理解しています。ただ、さまざまな属性が自分のアイデンティティと深く結びついて、自分とは異なる考えをもつ他者を否定する人も多いこの時代――、むしろ一部のアイデンティティは「ゆるめて」「ストレッチ」したほうがいいと思っています。
――どういうことでしょうか?
安野 実は先般、『自己同一性柔軟体操』というアイデンティティの柔軟体操ができるアート作品を発表しました。これは、カメラの前に立つと、AIのディープフェイクの技術で、5つのディスプレイに5通りの自分の顔が映ってリアルタイムで動きます。ジェンダーや年齢や人種の変わった自分の顔が複数現れるというわけです。
これを体験していただくと、凝り固まった自己像から解放されて、自分がこういう見た目、あるいは属性だったらどうなんだろうと、アイデンティティを柔軟に捉え直すことができます。他の人にたいする想像力を働かせるきっかけにもなりますし、アイデンティティ・ポリティクスと分断という現代的なテーマに一石を投じるものになればと思っています。
――非常にユニークな問題提起ですね!
安野 アイデンティティ絡みのイシューをはじめ、SNSを見ていると、ものすごく賛否両論が分かれる話題がありますよね。僕の印象でいうと、その95%くらいは感情的な「好き」「嫌い」を言い換えている文章で、あとの5%くらいで建設的な議論がされている。
だから、AIでその5%の知見をバッと集めて整理し可視化するのは意味のあることだし、現状のこれだけクソみたいなSNSの中ですら有益な議論は生じているので、それを民主的な力へ増幅することは必ずできると思います。
新著『1%の革命』では、デジタル技術を中心に各分野をどのようにアップデートし、新しい民主主義の仕組みをつくっていくか、再建のための具体的なビジョンを書きました。
最初に変化を起こそうとする人たちは1%だけかもしれませんが、その新しい挑戦から世界が変わることは往々にしてあるもの。みなさんと一緒に、小さな革新から、大きな変化を生み出す未来への第一歩を踏み出せたらと思っています。
