リトビネンコの症状について電話で説明を受けたヘンリーは言った。

「脱毛はタリウムの特徴です」

しかし、リトビネンコの場合、骨髄機能不全の症状があった。これはタリウムによる症状ではないという。英国ではタリウムの使用は禁止されていた。中東では殺鼠剤として容易に入手でき、ゆっくりと神経細胞を死滅させる。

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アガサ・クリスティは小説『蒼ざめた馬』(1961年発表)でタリウム中毒について描いている。パレスチナ解放機構議長のヤセル・アラファトやキューバの国家評議会議長のフィデル・カストロについても、イスラエルや米国がタリウムを使って暗殺を試みたとの説がある。

ゴールドファーブはその日のうちにヘンリーの推測を、著名ジャーナリストである英紙サンデー・タイムズのデビッド・レパードに伝え、取材を依頼した。証拠がないと報じられないとするレパードに、「毒物が検出されたときに報じてくれればいい」と言って説得した。

レパードはすぐにやってきた。病院の指示に従い、感染予防のためビニール手袋を着用し、ベッドに近づいた。

「ロシアは政府に批判的な者は誰にでも手を下す」

リトビネンコは腕に点滴をしていた。髪は抜け落ちている。免疫システムが正常に働かず、白血球が破壊されていた。肝臓や腎臓の機能は止まりかけている。ベッド横にはマリーナが涙をこらえながら座っていた。リトビネンコはレパードに声を詰まらせながら言った。

「FSBには毒物の処理と開発を担う特別部隊があります。チェチェンでも毒物を使っています」

話を途中で打ち切り、膝の上のプラスチック製ボウルに手を伸ばすと、嘔吐した。しばらくしてこう続けた。

「ロシア国会は今夏に、政府と大統領が『過激派』を(国外まで)追跡し攻撃することを許可する法律を可決しました。そして数日後、彼らは『過激派』を定義する別の法律も作りました。政府に批判的な者は誰でも該当します」

また嘔吐した。話を続けようとする彼に看護師は言った。