他国に対して軍事力を使うことも辞さず、国内の反対派に対しても強硬な態度を取り続けてきたことから「独裁者」のイメージが根強いウラジミール・プーチン大統領。彼に夫アレクサンドル・リトビネンコを暗殺されたのではないかと、強い疑惑を抱く女性がいた。
はたして、夫の身には何が起こったのか?
ここでは、ジャーナリストの小倉孝保氏による『プーチンに勝った主婦 マリーナ・リトビネンコの闘いの記録』(集英社新書)の一部を抜粋。病床に伏すリトビネンコが警察に明かした暗殺計画の一部始終を紹介する。(全2回の2回目/続きを読む)
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警察による聴取
聴取は緑茶を飲む場面に入る。警察がこの日、最も知りたかった点である。
「ミレニアム・ホテルでアンドレイとバジム(後にコフトゥン[注:注:リトビネンコが暗殺されたと思われる場に同席したロシア人]であることが判明)に会うんですね」
「そう」
リトビネンコはこの時点でコフトゥンの名前をはっきりと知らないか、もしくは思い出せなかった。
「アンドレイ(注:アンドレイ・ルゴボイ。リトビネンコが暗殺されたと思われる場に同席した男性)がここに座れと言うので、彼の向かいの席に座った。大きなテーブルがあった。食べない。アンドレイが『お茶は好きですか』と聞くので、『はい』と言った」
ウエイターが新しいカップを持ってきたという。
「アンドレイは『新しいカップだ』と言った。私がそそいだ、ちょっとだけ。終わり。お茶は熱くない。ぬるい。緑茶」
「緑茶ですか?」
「緑のお茶。中国茶」
警察は確認する。当日飲食をともにしたのは、「イツ」でのスカラメラ(注:議会の情報分析官)、そしてホテルでのロシア人のルゴボイと「バジム」の三人だったのかと。リトビネンコはそのほか、帰宅後にマリーナが作った鶏料理を食べたと答えた。
毒を盛った可能性のある者は、マリーナをのぞく三人に限られるとリトビネンコは述べた。つたない英語で念を押している。