情報を公表してはだめだと語ったワケ
「特別、この情報、公表はだめ。アンドレイと『バジム』がやったなら、KGBが管理する」
KGBはすでに解体されているにもかかわらず、いまだにリトビネンコは秘密情報機関を「KGB」と呼んでいる。彼よりも上の世代に見られる特徴だ。
「マリオ(スカラメラ)は公表、問題ない。彼はイタリアに住んでいる。罪があるなら、逮捕される」
ロシア人二人については公表すべきでないと訴えている。
「私、病気、あと。アンドレイを招待できる。一緒に働こうと」
理解しづらい言葉が続く。おそらく、「回復した後、仕事を口実にルゴボイを英国に招き入れる。そこで逮捕できる」と説明している。リトビネンコは生きられると信じていた。
初日の聴取は午前2時45分に終わった。
マリーナはその日の正午ごろ病院に姿を見せた。普段よりも3時間ほど遅かった。
「携帯電話ショップに寄ってから病院に行きました。警察に携帯電話を預けてしまい、新しいのを買う必要があったからです」
警察が夜中から未明にかけ聴取したことを知り、マリーナは動揺した。それほど急がねばならないのか。夫の死が近いからではないのか。
「なぜ病院のベッドで調書をとられるのか、納得がいかなかった。死んでしまうなんて思いたくなかったし、もう少し元気になってからでもいいのではないかと思いました」
二回目の聴取はその日の午後7時24分に再開される。担当は同じく警部補のハイヤットとホアーである。さすがに英語でのやりとりは無理だと判断したのだろう。ニナ・タッパーという女性が通訳として加わった。
このときは主に、スカラメラと会ったときの詳細を聞いている。聴取が20分を超えたころ、看護師が入ってきて言った。
「少しの間、離れてもらえますか」
投薬の時間だった。
リトビネンコは看護師に胃の痛みを訴える。自ら体調不良を明かしたのは、聴取開始以降初めてだった。
「すみません。胃が本当に、本当に痛みます。吐き気がする」
「すぐに薬を持ってきます」
「飲み込めるだろうか。やってみますが、吐いてしまうかもしれない」
ここで警察は録音テープをいったん止めた。約10分後に聴取を再開しても、リトビネンコは下痢症状を訴え、トイレに駆け込んでいる。
時折休憩をはさみ、聴取が終わったのは午後11時49分だった。
翌19日の聴取は午後5時4分にスタートした。警察はミレニアム・ホテルでお茶を飲んだ様子を確認していく。リトビネンコはルゴボイとの会話を再現した後、説明する。