真の「ハッピーエンド」とは?

『マイ・フェア・レディ』の原作となった、ジョージ・バーナード・ショーによる戯曲『ピグマリオン』では、イライザはヒギンズの元を去ったまま終わっている。現代のジェンダー目線でみると、バーナード・ショー版の結末が当然だと思えるが、イライザがヒギンズの元へ戻る映画版(あるいは舞台版も)は、いまだに「ハッピーエンド」とされている。

イヴァンからもらった高額の指輪を手に微笑むアニー

 こうした映画は「シンデレラストーリー」と呼ばれ、いまなお舞台化され高い人気を誇っているが、忘れてはいけない。シンデレラはもともと、貴族の娘だった(どこかの国の姫君だった、という設定もある)。母親を早くに亡くし、父が再婚した相手とその娘に虐待されたことで、みすぼらしい姿に身をやつしてはいるが、王子様と結婚していわば「元の生活」に戻っただけ。身分違いの恋が成就したわけではないのだ。

『ANORA アノーラ』が「シンデレラ」や『マイ・フェア・レディ』、『プリティ・ウーマン』とまったく違うのは、「ハッピーエンド」が、ただの「イントロ」になっていることだ。

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「シンデレラ」、『マイ・フェア・レディ』、『プリティ・ウーマン』は、「王子様と幸せに暮らす」がゴールとされていた。だからその先は描かれていない。

 しかし、「王子様と結婚すること」が本当に幸せなのかどうかは、おとぎ話ではわからない。

現実はシビア?

『ANORA アノーラ』はその現実を見事に描きだしている。

 物語は序盤で、手に入れた幸せがはかない幻想だという厳しい現実を、いきなり突きつけてくる。

 息子が娼婦と結婚したことに激怒したイヴァンの両親がアメリカにやってくると聞いた途端、イヴァンはあっさりとアニーを置いて逃げ出すのだ。

 置いて行かれたアニーは、イヴァンの両親が送り込んだイヴァンの見張り役とともに、「夫」の捜索に乗り出す。

 しかし、一晩中かかってようやく探し出した夫は、アニーへの愛の言葉も、謝罪もなく両親に完全服従。結婚は不履行とされてしまう。

両親の言いなりになってイヴァンはアニーと別れる