子どもたちの“記憶の汚染”が加害者に有利に働く
こうして記憶が上書きされたりねじ曲がったり、あいまいになったりすることを“記憶の汚染”といいます。子どもの記憶を汚染させないというのは、面接者が最も注意を払わなければいけないもののひとつです。誤った面接手法は、子どもの記憶をそのまま偽りのものに変えてしまう可能性があります。そうなると、裁判にも影響します。オランダの電話サポートサービス「Safe Home」の専門家158名を対象にした研究では、多くの専門家が記憶の回復と汚染について、誤った認識をもっていることがわかりました。そのため、科学的に裏づけられた面接技術の導入とトレーニングの必要性が強調されています*9。
検察は、汚染された記憶などから出てくる一貫性のない証言を、信ぴょう性に欠けるものとみなし、加害者を不起訴処分にすることがあるのです。このような聴取の仕方は、被害者である子どもにとって不利で、加害者にとって有利でしかありません。子どもの性被害に特化した弁護士など、実務者を対象とした実態調査によると、被害者35名のうち半数が、証拠不十分などで加害者が不起訴に終わるという結末に至っています。これは決して、「本当は、その子は被害を受けていなかった」「加害者は無実である」ということを意味しません。「加害行為を立証できなかった」と「加害行為がなかった」は、必ずしもイコールで結べないのです。それなのに、加害者は刑事裁判にかけられず、逮捕・勾留されていた場合は釈放され、前科がつくこともなく、元の生活に戻る。実際に性暴力があったなら、実に理不尽です。そして、加害者は自由になった身で新たに子どもに手をかける可能性もあるため、このままでいいとは思えません。
また、起訴率が低ければ、有罪判決を受ける加害者の数も多くはなりません。
それをもって「子どもに性加害をする人はとても少ない」と受け取られることを、私は危惧します。先ほど解説した、CACはさまざまな調査結果から導き出された推定有病率をもとにしているから全米に1000カ所以上ある、という話を思い出してください。加害者が少ない、被害者も少ないと思われているかぎりは、日本でワンストップセンターはこれ以上数が増えることはないでしょうし、CACなどもってのほかだとされてしまいます。
6*内閣府男女共同参画局「薬物やアルコールなどを使用した性犯罪・性暴力に関して」https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/dfsa/index.html
7*Goodman GS, et al. Monogr Soc Res Child Dev 1992;57(5):1-142; discussion 143-61.
8*Quas JA, et al. Monogr Soc Res Child Dev 2005;70(2):1-128.
9*Erens B, et al. Front Psychol 2020;11:546187.
