まるで妊娠したことが罪であるかのように仕事をやめさせられ、日本から追い出される数多くのベトナム人女性たちがいる。ここでは『妊娠したら、さようなら――女性差別大国ニッポンで苦しむ技能実習生たち』より一部抜粋し、妊娠発覚後に交際相手の日本人と連絡がつかなくなった一人のベトナム人女性の、その後を辿る。(全2回の後編/前編を読む)
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妊娠しているかもしれない―。
2人は2021年1月に破局している。
それから1カ月過ぎ、かすかな不安がホアさんの頭をよぎった。日を重ねるごとにそれは無視できないものとなり、3カ月が過ぎた頃には大きな石のようにどっしりと、心の真ん中に居座っていた。
もしかしたら、妊娠しているかもしれない―。
いつまで経っても生理が来なかったのだ。
しかしホアさんは、誰にも相談することができなかった。日本人男性のXと別れてしまった今、こんな不安を打ち明けられる相手がいなかったのが、理由のひとつ。もうひとつは、「妊娠したかもしれない」という疑いそのものを、一人ぼっちになった彼女が受け入れがたかったことだ。
日本の人工中絶・出産事情
そうやって妊娠の疑いを頭のなかで何度も打ち消そうとしている間、お腹に宿った命は着実に育ち、初期中絶手術が可能とされる妊娠12週はとうに過ぎてしまっていた。それ以降22週未満の手術は中期中絶となり、人工的に陣痛を引き起こして“出産”することになる。体への負担も大きく、入院が必要になるうえ、手術後は役所へ死産届の提出や、火葬などの手続きもしなければならない。
日本のこうした人工中絶事情、あるいは出産事情など知るよしもなく、妊娠を誰にも気づかれたくない一心だったホアさんは、平静を装ってスーパーマーケットで商品陳列やレジのアルバイトを続けることしかできなかった。産むにしろ堕ろすにしろ、お金がかかることはわかっている。今持っている在留資格で許される、週28時間以内の就労という上限ギリギリまで、働けるうちに働いておかなければいけない。