死神たちが対象の人間を一週間調査した後で「可」か「見送り」か、予定通り死なせるか死なせないかを決めている……。死神の千葉を主人公に据えた連作短編集『死神の精度』(2005年)は、伊坂幸太郎さんの初期代表作として知られている。同作とともに新装版として再文庫化された本書『死神の浮力』は、2013年に書き下ろし長編として単行本が刊行された「死神」シリーズの第2弾だ。本作について、著者にお話を伺いました。
シリーズ第2弾の主人公は、子供を殺された夫婦
——『死神の精度』は、表題作が第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞しベストセラーにもなりました。『死神の浮力』はシリーズ第2弾に当たりますが、前著から8年のインターバルが空いています。続編を、シリーズ化を、という話はかなり早い段階で届いたのではないですか?
伊坂 確かに、『死神の精度』を出した後、担当編集者はそう言ってくれたんですよね。千葉の短編をもっと書きませんか、って。ただ、前のインタビューでも話したんですが(※『死神の精度』新装版に収録)、定型の話を書くのが苦手でして。同じ設定の同じパターンで書いていくことができないんですよね。書いていて、楽しくないというか、書き進められないんです。だからずっと断っていたんですが、強いて言えばと思い付いたのは、『死神の精度』は一話完結の連作短編だったので、長編はやっていない、ということでして。1日目、2日目……7日目というふうに、死神の調査期間の7日間を1日ずつ順番に書いていく長編という趣向なら新鮮な気持ちで書けるかもしれないと思って。そう言ったら、じゃあそれをやりましょう、ということになりまして。
——プロローグのみ、雑誌掲載されましたね。
伊坂 雑誌に短編をという話が来た時に、「長編の冒頭だけ書くのでもいいですか?」とお願いしました。死ぬことが昔から怖くて、『死神の精度』で書いたりもしていたんですが、その後で自分に子供が生まれて、さらに、子供が死ぬことほど怖いことはないな、という気持ちも出てきていたんですよね。それで、事件に巻き込まれるかたちで子供を亡くす人、さらにメディアスクラム(マスメディアの記者が事件や事故の関係者の元に大挙押しかけ、強引な取材をすること)に遭う人の話とかを読んだり、想像したりしていたらすごくつらくて、そういう状況を、死神の千葉で少し救うような場面を書きたくなったんです。
——プロローグで描かれているのは、30代の小説家・山野辺と妻の美樹が自宅で息を潜めて暮らしている姿です。2人は1年前の夏、一人娘の菜摘を失っています。犯人と目された28歳の男が裁判で無罪判決を受けたことで、マスコミは夫婦への関心を再燃させました。そこへ、ママチャリに乗った30代半ばほどの背広を着た男がやって来る。
伊坂 そういう状況に陥ってしまった夫婦がいて、どうしようもないほどに追い詰められてしまったところで、家のインターフォンが鳴る。何か予感めいたものがあって応答して「どちら様でしょうか」と聞くと、相手は「千葉と言うんだが」と。その瞬間、読んでいる人は、少し救われた気持ちになるかな、と。それが書きたくて。というよりも僕が読みたかったんですよね。ジャズとかで雑音みたいな音がぶわーっとうるさいくらい鳴っている中に、主旋律のメロディがするすると聞こえてきたら、気持ちいい。その感覚を、小説でやってみたくて、もう、それで一つの作品として成立する気もしたんです。