ミナミは万博の「正統後継者」だ

 私の知る半世紀の間、様々な変化があった。ソニータワー、そごう百貨店、何軒もの映画館や書店、老舗と言われる店が消えていった。また、千日デパート跡はプランタンからビックカメラになり、大阪球場はなんばパークスに、日本橋は電気街からオタクの聖地になった。

なんばパークス

 特に戎橋筋と心斎橋筋の商店街の変化は凄い。いつ行っても外国人観光客でギュウギュウで、道頓堀の橋の上では必ず誰かがグリコのポーズで写真を撮っている。「道頓堀今井」や「はり重カレーショップ」などは、昔は並ばずに入れたのに今は観光客で行列ができている。

 でも、そんな街の変化は必ずしも嫌ではない。あの見境もなく浮かれた人々のパワーに閉口しつつも、高揚してしまう。否応なしに圧倒されると一種の躁状態になるようで、観光客を掻き分けながら歩くときは、気がつくと笑ってしまっているのだ。

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 一九七〇年の万博で、大阪はたいそう盛り上がった。たぶん、ミナミの街はその正統後継者で、会場に行かなくても毎日が万博なのだ。無論、昭和を引きずってしまったことによるデメリットも大きい。でも「よそはよそ、うちはうち」だ。お節介だけど個人主義、マイペースだけど虎視眈々。力を抜いてやっていけばいい。

「グリ下」の子供たちに思うこと

 私は各地のライブカメラを眺めるのが好きで、深夜の道頓堀もよく観る。店が全部閉まってキャッチの兄ちゃんすらいなくなっても、無人になることはない。必ず誰かが映っていて、おばちゃんの自転車が横切ったり、急ぎ足のミニスカの女の子たちや、たむろする若者たちがいる。

グリ下

 近年「グリ下」に集まる子供たちが問題になっている。彼らは一体どれだけ傷ついているのだろうか、と思う。身も蓋もない言い方だが、誰も傷つかずに生きられる社会は理想の中でしか存在しない。だとしても、傷ついたときには受け入れてもらえる社会であるべきだ。間違えた人、失敗した人、傷ついた人を切り捨てず、「かまへん、かまへん」とさらりと流してくれる――。大阪はそんな街であって欲しいと願っている。

 ちなみにライブカメラのおすすめは金剛山。深夜になるとたまにイタチやらウサギが映って、なんだか得した気分になりますよ。

ミナミの春

遠田 潤子

文藝春秋

2025年3月6日 発売

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