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散歩の相棒と先生――本上まなみさんが今月買った10冊

2018/06/18
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 五月末から夏にかけて私の暮らす京都では、上賀茂の農家さんの〈振り売り〉が始まります。待ちに待った季節。ぴっかぴかに輝く賀茂茄子、どしっと重たいトマト、青々した香りを放つトウガラシなどが山積みの、まるで“宝船”のような車が何台も市内を巡るのです。ぎゅんぎゅんに栄養の詰まった野菜をたっぷり食べることで厳しい暑さを乗り切ろう、と勢いづく。本当に、本当においしいのです。伝統野菜を作る農家さんの存在と地産地消が成り立つ地理的環境の良さは、東京生活が長かった私にとっては大変な魅力です。

本上まなみ/女優・エッセイスト ©文藝春秋

 さて、京都について書かれた本はあまたありますが、今月読んだのは東洋文化研究者であるアレックス・カー氏のエッセイ『もうひとつの京都』。今、京都では趣のある町家、古民家をリノベーションして一棟貸しする宿泊施設が人気で、著者は恐らくその先駆け的存在でもあります。十五年ほど前に私も宿泊したことがあり、旧いもの好きとしてはいたく感動。建物の素晴らしさを残しつつ改修し、使い続けることによって次世代にまで残していこうという考え方に共感しました。

 本書は著者の豊かな知識と深い洞察力、そしてアジアの他の国々との比較という視点の面白さで、京都をまた違った角度から見ることができます。内容は多岐にわたり、京都に限らず広く日本を知ることができます。

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 例えば日本文化の多くは中国伝来のものと言われているが、家屋のルーツは明らかに東南アジアにあるのではないかという指摘。伊勢神宮とタイ・チェンマイの住居の屋根デザインが似ており、京都・美山の茅葺屋根とインドネシアの屋根の形状も似ている。一方中国・紫禁城などに見られる末広がり形の屋根は日本民家の屋根とは違う、など。言われてみれば本当にそうだ! 阿吽の口、お寺の門の石段や塀の横筋など、いたるところに「暗号」があり、その暗号を解読できなければ意味も目的も理解できないと。平易に解読の手ほどきをしてくれる本書は、私の散歩の良い相棒になりそうです。

 続いて『問題だらけの女性たち』。十九世紀ヴィクトリア朝時代の“迷信”“偏見”盛りだくさんの女性観をイラストで紹介する一冊。ダーウィンなど歴史に名を残す偉人も続々登場。例えば近代オリンピックの父と言われるクーベルタンは〈女性がボールを投げようとしている姿は見るも無残で拍手をしているほうが自然〉。医学を学ぶと胸がしぼみかねない、若い娘が成功するのは可能だがその後健康を損ない、生まれてくる子どもたちはしなびているだろう、女の脳はスポンジのような素材でできている、知的に劣る存在ではあるが、カーテンやクッションをつくること、がっかりすることにかけては秀でている、典型的なヒステリー患者とは自我の強い女性のこと、などなど…なんてこった! の連続。皮肉たっぷりのイラストがまた秀逸で、笑いに昇華させているところがいいのです。まあでも、よく考えると二十一世紀の現代日本も(未だに)これ系発言がそちこちで散見されます。三人は子どもを産んでもらわないととか、女性が輝くなんとか、みたいなの。マジメに言ってるんだからすごいよね…。

終わりと始まり2・0』は作家で詩人の池澤夏樹さんによる五十九本のコラム集。今、自分の身の回りに起こっていることと、それを見て感じること考えたことをうまく言葉にできずに、もどかしいなと思う気持ちって常にあるのですが、そういうときに道しるべとなるのが新聞で読む専門家や識者のコメント、そして作家さんのコラムだったりします。池澤さんは広い視点で多角的に物事をとらえ、易しい文章で私の目を開かせてくれる。ものの見方を示してくれると言う意味ではアレックス・カー氏の本に通じるものがあるかもしれません。つまり私にとっての先生みたいな存在の一冊と言えます。何度も読み返していますが、その度に気づきがあります。

01.『もうひとつの京都』アレックス・カー 世界文化社 1700円+税

もうひとつの京都

アレックス・カー(著)

世界文化社
2016年9月17日 発売

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02.『問題だらけの女性たち』ジャッキー・フレミング著、松田青子訳 河出書房新社 1200円+税

問題だらけの女性たち

ジャッキー・フレミング(著),松田青子(翻訳)

河出書房新社
2018年3月20日 発売

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03.『終わりと始まり2.0』池澤夏樹 朝日新聞出版 1500円+税

終わりと始まり2.0

池澤夏樹(著)

朝日新聞出版
2018年4月6日 発売

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04.『短歌と俳句の五十番勝負』穂村弘、堀本裕樹 新潮社 1600円+税

短歌と俳句の五十番勝負

穂村弘,堀本裕樹(著)

新潮社
2018年4月26日 発売

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05.『おまじない』西加奈子 筑摩書房 1300円+税

おまじない

西加奈子(著)

筑摩書房
2018年3月1日 発売

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06.『なぜ政治はわかりにくいのか 社会と民主主義をとらえなおす』西田亮介 春秋社 1900円+税

07.『ノラネコぐんだんと海の果ての怪物』 (コドモエのほん)工藤ノリコ 白泉社 1100円+税

ノラネコぐんだんと海の果ての怪物 (コドモエのほん)

工藤ノリコ(著)

白泉社
2018年4月26日 発売

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08.『#生きていく理由 うつ抜けの道を、見つけよう』マット・ヘイグ、那波かおり訳 早川書房 1500円+税

#生きていく理由 うつ抜けの道を、見つけよう

マット・ヘイグ(著),那波かおり(翻訳)

早川書房
2018年4月18日 発売

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09.『山怪 弐 山人が語る不思議な話』田中康弘 山と溪谷社 1200円+税

山怪 弐 山人が語る不思議な話

田中康弘(著)

山と溪谷社
2017年1月19日 発売

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10.『池上彰の未来を拓く君たちへ』池上彰 日本経済新聞出版社 1400円+税

池上彰の未来を拓く君たちへ

池上彰(著)

日本経済新聞出版社
2018年4月25日 発売

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散歩の相棒と先生――本上まなみさんが今月買った10冊

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