今日、加速的な発展を見せているAI・AR技術。拡張現実によって自己と他者の境目が曖昧になったとき、人間に残される権限とは? 拡張現実・人間拡張研究の第一人者、東京大学大学院教授・暦本純一氏と、デビュー作「太陽」以来小説で先見的ビジョンを提示し続ける上田岳弘氏が語り合いました。(『文學界』2018年7月号掲載記事より一部転載)

◆◆◆

ディストピアが現実になる

暦本純一さん ©石川啓次/文藝春秋

暦本  私は主にAR《Augmented Reality/拡張現実》や、その先のAH《Augmented Human/人間拡張》について研究しています。たとえば高齢者や身体にハンディキャップを持った人の感覚を、健康な人に疑似的に経験してもらうことで、介護に役立つのではないか、人間が新たな技能を学ぶときのプロセスを技術によって革新できないか、といったアプローチです。

ADVERTISEMENT

 しかし、AHやAI《Artificial Intelligence/人工知能》のような技術が究極まで進化すると、人間が逆にその奴隷のようになるのではないか、と心配する声もあります。ウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』で、1984年に早くも予見したような、ディストピアが現実になるという恐怖です。

上田 映画『マトリックス』(1999年)にも影響を与えた、サイバーパンク小説の草分けですね。私はこれまで5作の中・長篇を発表してきましたが、現実の仮想化が進んでいく状況というのが、作品の根底にあります。あまりよい響きではないのですが、「肉の海」というキーワードをその象徴として繰り返し使っています。

すべての人間がひとつの塊になるイメージ

暦本 『太陽』『惑星』を読ませていただきましたが、たしかにそうですね。

上田岳弘さん ©石川啓次/文藝春秋

上田 すべての人間がコンピュータネットワーク上で一つの塊に収斂するというイメージのメタファーとして、肉の海という言葉を使っています。私は、この先、あらゆる人々が個性を失って一つの塊になってしまうというようなことが、肉体的にというのはあくまで比喩としても、実態としてそうなることが、あり得ないことではないと考えています。

 もしそんな未来が出現するとすれば、テクノロジーが、その原動力として重要な役割を果たすはずです。特に、暦本先生が研究されている、人間の身体能力や認知能力を拡張する技術がその鍵を握るのではないかと思われます。

 そこで今日は、私の想像する肉の海が、どこまで技術的に実現可能なのか、また、最先端の研究をされている暦本先生に、創作の世界で描かれる肉の海がどのように見えるのかについてうかがえればと考えています。