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AIとARの拡張現実時代に「私たちはどう生きるか?」

上田岳弘×暦本純一「AIとAR時代の文学」(前編)

「肉の海」と超固体

暦本 肉の海という言葉から、僕は、昆虫の世界などに見られるスーパーオーガニズム(超個体)を連想したんです。アリやハチは、一匹ずつの能力は大したことがありませんが、多数の個体からなる集団が、高い知能を持つ一つの個体のように振る舞います。

上田 肉の海と超個体、たしかに似ていますね。

暦本 この研究所の外にアシナガバチの巣ができたんですが、調べてみると面白くて。よく「働きバチのように働く」って言いますが、働きバチは一日八時間程度しか働いていないという説がある。休み時間が結構ある。

©iStock.com

上田 法定労働時間を定める“サブロク協定”を順守している(笑)。

暦本 ブラックじゃなくて、ホワイト企業なんです。

肉体だけ貸す「代理人」の出現も

上田 なるほど。ところで、アリやハチのように人間の場合もやがて各個人の境目が消えて、一体的な集団になると考えられますか。

暦本 セルフ(自己)とアザー(他者)の境目を曖昧にする技術は近いうちに実現するでしょうね。たとえば、これは、われわれの研究室で開発した「カメレオンマスク」と呼んでいるシステムです(図1)。

図1 「カメレオンマスク」

上田 左側の男性が、自分と同じ服を着た右側の男性と対面していますが、右側の男性の顔の部分だけ左側の男性の顔に置きかえられています。画面上に顔を映し出しているタブレットのついたヘルメットがカメレオンマスクですか。

暦本 そうです。左側の男性は、カメレオンマスクに取りつけられたカメラやマイクを通じて、右側の男性が見るもの、聞くものをリアルタイムで知覚します。一方、右側の男性はヘルメットで頭部をすっぽり覆われていますが、ヘッド・マウント・ディスプレイ(以下、HMD)で外界の状況を確認したり、左側の男性の指示を音声で受けたりすることができます。それによって右側の男性は、あたかも左側の男性のように振る舞うことができます。

上田 右側の男性が、顔と振る舞いをカメレオンのように変えて、左側の男性の代理役を務めるわけですね。

暦本 たとえば、出席すべき会議の場所にどうしても行けず、カメレオンマスクをかぶった代理人が本人の代わりに会議室に入っていったとします。代理人は遠隔地にいる本人からの「右に進んで、この席に座って」といった指示通りに動き、会議中、発言を求められたときには、通信機器を通じて画面中の本人が答える。代理人は肉体だけ貸すわけです。