イスラム圏での似顔絵――危機を救った高野流“一発芸”

山田 でもほら、似顔絵を描いてたら、一度本当に危ない目にあったことがあったじゃない。

 僕は現地でよく似顔絵を求められて描いていたんですが、ある家庭を訪問したさい頼まれて女の子をスケッチしていたら、その家のお母さんとお姉ちゃんが「私も描いて」って、急にベールを脱いじゃった。隣にものすごく怖い父ちゃんがいて、もう殺されるかと思ったよ!

山田高司氏

高野 そうそう、お父さんがすさまじい形相で怒りかけてね。マズイ!って命の危険を感じて、僕はみんなの前で地元の電気漁でビリビリしびれる魚の真似の一発芸とかで笑いをとるわけです。イスラム圏の男社会は男子校みたいなノリだから、そういう馬鹿な芸がウケる。お父さんはホストだから、みんなが笑ってウケてると怒るに怒れなくなって、なんとかおさまりましたが。

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丸山 それはヤバかったですね! ノンフィクションを書く難しさって、その土地の奥行きや旅の面白さをいかにリーダビリティ高く書くかだと思うのですが、そういう笑えるエピソードも含めて、高野さんの文章はぐいぐい読ませますよね。

高野 その点、今回誤算だったのは、歴史が深すぎたこと。今まで行ってきた辺境は記録が残ってない地域が多かったんですが、なんせここは世界で一番古い歴史が残っている場所。調べることが大量にあったし、かといって説明ばかりが続くと読者は飽きてしまう。背景の説明なども、いかにお勉強にならないようにするかで苦心しました。

丸山 そのお勉強の部分の読みやすさは、山田隊長のイラストの貢献も大きかったですよね。これまでの高野作品とはちょっと毛色が違うビジュアル寄せの見せ方で。

「作家25年寿命説」を超える方法

高野 本当にそう。ある意味、隊長は僕の“延命装置”なんです。何を言ってるかわからないでしょうが、その昔、早稲田探検部の大先輩だった船戸与一さんという作家が「作家25年寿命説」を語っていたんですよ。

 どんなに才能のある作家でも、大体25年で終わる。最初は粗削りだけど勢いがあって、段々洗練されて上手くなっていく。けれどピークを過ぎるとどんどん文章がツルツルしてきて自己模倣が始まりマンネリ化していく。そうして編集者もだんだん声を掛けなくなるのが大体25年だ、と。

 僕は、それを聞いて戦慄したんですよね。だって、僕は22歳の頃から書いているのに売れるまでに異常に時間がかかったから、すでにもう書き手としての寿命が尽きかけていた。これは、ヤバイぞって。そのとき、自分だけではどう頑張っても25年の壁を越えられないから、「外部の力」が必要だと思ったんですよ。僕はこれまでさまざまな外部に頼ってきましたが、中でも大きな存在が山田隊長です。隊長の視点を取り入れると、自分の作品がまったく違う次元のものにできる。その意味で、山田隊長は僕の強力かつ大切な延命装置なんです。

高野秀行氏

丸山 山田隊長的にはどうなんですか?

山田 それはお互い様じゃないかな。僕は僕で、高野からエネルギーをもらっているし。