19世紀の博物学者のようなイラスト

丸山 それが高野さんのいいところ。あと今回『イラク水滸伝』を読んでいて本当に助かったのは山田隊長のイラストです。絵というものがこんなにも文化的背景の理解を促すことに驚きました。写真よりもイラストのほうが、ビジュアルイメージとして残るしわかりやすいんですよね。

高野 写真は正確だし細かいけれども、余計なものまで映り込んでしまう欠点がある。でもイラストなら、例えば水牛を飼って暮らしている人の浮島を丸ごと斜め上から俯瞰したりできますからね。

丸山 山田隊長がイラストを描いたのは日本帰ってきてからですか? 旅先ではメモ程度で。

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©山田高司

山田 両方ですね、現場でもけっこう描きました。欲しがる人が多いからどんどん上げていたら、高野に怒られてね。「貴重なものなのだから、あげないでください」って。

高野 現場の状況をすごくよく伝えている絵だし、絶対に本にも使いたいと思って。僕からすると、山田隊長は19世紀の探検家や博物学者に近い存在で、当時はまだ写真なんて普及してないから、ダーウィンでもフンボルトでも、みなイラストを描いていたでしょう。そうした絵は精密に描かれているし、いろんな説明書きが入っていて資料価値も高い。隊長はつねに自然環境から世界を見ているので、文化系の僕の視点とはまったく異なり大きな刺激になります。

 あとナチュラリストなのに、文学や昔の故事成句にやたらと詳しくて、すぐに名言を吐くんですよ。老子がこう言ってるとか、ポンポン出してくる。

山田 単に老子好きなんです。

高野 言語哲学者のウィトゲンシュタインとかも出してくるんですよ。「歯の痛いものにしか、歯医者の看板は見えない」って。「高野にいくら教えても、全然関心を持たないから覚えないんや」という意味でお小言を言われる(笑)。

砂漠の真ん中の工事現場に置き去りにされて……

丸山 レベルの高い説教ですね! 何にでも関心をもつ大切さというか、食わず嫌いはよくないなと身にしみます。

 というのも、僕はイスラム圏にはちょっぴり苦手意識があって、昔22歳の頃ドバイに行ったときにひどい目にあったことがあるんですよ。夜中の便で到着して、タクシーの運転手と一緒にホテル探していたら、途中で運転手が面倒くさくなったみたいで、「もう、いい。ところでお前イスラム教に入らないか?」と言い出す。「嫌だよ」と断ったら、突然運転手が怒って、砂漠の真ん中にある建設中のショッピングモールの工事現場に置いてかれたんです。

丸山ゴンザレス氏

 そこで夜を明かして、明け方太陽が昇っていくに連れてどんどん身体が干からびていくのを感じましたね。たまたま通りがかった車がいて助かったんですけど、以来、砂漠嫌いになって。高野さんはイスラム文化圏のどういうところが好きなんですか?

高野 とんだ目にあいましたね! 一口にイスラム文化圏といっても、本書に出てくるマンダ教徒はイスラムじゃないし、実際中東には、イスラム国に制圧されて奴隷として売られてしまった悲劇で知られるヤズディ教徒や、イスラム教徒なんだけどお祈りもしないしモスクにも行かないし酒を飲むというアレヴィー派もいたりします。湿地帯もイスラム色が弱いですし。

 ヨーロッパのキリスト教が中世に、いろんな宗教が混じり合うグラデーションを異端として徹底的に潰したのに比べて、中東エリアには元来多様性があって、イスラムも少数派やグラデーションがあって結構面白い世界なんですよ。