その年配の刑務官が、上半身を捻り、川端さんのほうを向く。
「おい、どないなっとんねん。この前は、『出所後は福祉の世話になる』て、そう答えとったんちゃうか。せやから、こないして山本さんも動いてくれはんねんぞ。もう出所までひと月半や。今になって、そないけったいなことゆうたらあかんわ。だーれも相手してくれへんようになるで。どやろう、この前、あんたが話した通り、『ここから出たら福祉の支援を受ける』、それでええんやないか」
統合失調症は考慮されず、刑事被告人に
福祉の支援──。確かに前回の面談時、最後になって、ようやくその言葉が聞かれた。だがそれも、誘導尋問に近かったように思う。はじめのうちはずっと、自分は皇室の人間だから大丈夫、と言い張っていたのだが……。いずれにせよ、重い統合失調症を患っていることは明らかだった。
服役前の彼は、路上生活を送っていたという。最初に捕まったのは、置き引きによってだ。この時、精神鑑定は行なわれず、当たり前のように刑事被告人となった。刑事責任能力が問われることはなかったのである。裁判では、初犯であり、かつ被害が軽微であったため、執行猶予を付した判決が下される。
ところが、釈放後すぐだった。公園で女子中学生に話しかけたところ、即座に、不審者として警察に通報される。たぶん彼は、パニック状態になったのだろう。駆けつけた警官を前に暴れだしてしまい、「公務執行妨害罪」での現行犯逮捕となる。
またも裁判にかけられた彼は、前刑の執行猶予も取り消された。結局、2回の裁判を受けたあと、合わせて2年半の刑期で服役することになったのだった。
唯一の親族である妹は身元引受人を拒否
彼には、出所しても、帰る場所がない。両親は、すでに他界していた。親族として妹が一人いるものの、兄の身元引受人になることを強く拒んでいるらしい。
川端さんは、まともな仕事に就いた経験がなく、精神科病院への通院歴もあった。そして今は、犯罪者となり、刑務所に服役している。妹は、そんな兄の存在に苦悩し続けてきたようだ。一緒に暮らしていた当時は、夜中に奇声を上げられ、近隣住民に謝って回ることもたびたびだったという。